十四歳の信長は突然大きく笑い出した。 「もろうた。もろうた。お許の土産をたしあkにもろうた。もうよい」 於大はしずかに頭を垂れて、またしばらく動かなかった。 信長は手を叩いて小姓を呼んだ。出てきた小姓は、これもたくましい、年齢はいくぶん下であろうが、面構
えは信長にゆずらなかった。 「犬千代、これはな久松佐渡が内儀じゃ、内儀、これは前田犬千代という。双方とも覚えておくがよい」 犬千代はじろりと於大を見た。於大が犬千代に目礼を返すと、信長はまた何を考えたのかハツハツハと笑った。 「犬千代、おぬしは熱田の客に会うてみたか」 「熱田の客とは?」 「岡崎の小倅よ」 犬千代は首を振った。その態度は主従というより距
てのない悪戯 仲間の感じであった。 「まだか。ではおぬしも一緒に参れ。会って来よう」 犬千代はそれには答えず。 「これなる女性
もご一緒に・・・・」 またじろりと於大を見て、 「おつつしみなされたがよろしゅうござりましょう」 「なぜじゃ?」 「また平手中務
どのがご心痛なされまする。濃姫さまとのご婚儀のこともあれば」 「ハツハツハ・・・・」 信長はこんどは両手を腹へ当てて笑い出した。濃姫というのは美濃稲葉
山 の城主斉藤道三
が娘であった。その娘が近く信長の許へ輿入れして来ることとなり、今両家の間で交渉が進められている。むろんこれも政略以上の政略結婚だった。斉藤道三は娘をやって宿敵織田信秀を婿もろとも籠絡
する魂胆であろうし、織田家では人質を取っておくほどの気持ちらしかった。 「犬千代!」 笑いをおさめて呼びかけて、信長はすぐその眼を於大へうつした。 「犬千代めがお許と信長とが仲を疑ごうておる。ワッハッハ、のう、そうであろうが犬千代」 はじめ於大はその意味が分らず小首をかしげ、次にポーッと赤くなった。 十四歳の信長と二十歳の於大。それを婚礼前だからと警戒されるのでは信長もまたよほどの早熟なのに違いない。於大が赤くなると信長はまたつけつけと言ってのけた。 「犬千代の眼にも時にはぴたりと図星をさすわ。この内儀をな、信長は十一歳のときに見初めた。で、今日も熱田へ同道するが、安心せよ。岡崎の小倅を訪うた帰りに熱田の宮へ参詣させて、そのあとは爺
(平手政秀) に預ける。おぬし、爺もともに熱田へ来るようにというて参れ。今すぐじゃ」 犬千代は一礼して立っていった。 於大は思わず信長を見直さずにはいられなかった。面差しのたくましさは似ていても、信長の鋭さと分別はどうやら犬千代を圧している。いまの言葉の持つ含みは、人間に馬の手綱をかませて遊びほうける
「うつけ者・・・・」 の片鱗
もにおわせてはいなかった。 (奔放
無類 な大将。型破りの、しかし情には厚い武人・・・・) 於大は心で両手を合わせた。信長をおがみたい気持ちであった。 |