はじめは無意識の力だったのが、いつからか、 (このまま眠らせよう) 八弥は心で意識して諦
めの方に変わっていった。彼の胸にはほおをあずけたお春が、みどり児のように甘えた表情でうっとりと八弥を見上げているからであった。 果たして殺されると知っているのだろうか?
両手をしなやかに八弥に巻きつけ、かすかに唇をひらいている、灰色の空であったが、まぶしいのであろう、眼は薄くほそめて、まつ毛のかげがほおずりしたいほどいじらしかった。 (許せよお春・・・・来世はな、きっとそなたと添い遂げる。誰の手にも渡すものか) いちどぬぐった涙がまただらだらと頬をつたって落ちだしたが、眼はお春からそらさなかった。 薄目のままで、お春もじっと見返している。 だんだん腕に力を入れると、唇から先に牡丹
色に赤くなった。ほんおり頬が染まり、それから静に瞼が合わさった。 「八弥さま・・・・」 かすかにまた唇が動いたが声にはならなかった。背へまわしたお春の腕からスーッと力の抜けてゆくのがよくわかる。たまりかねて、 「お春!」 と、叫んだときに、ぐっと首はかたむいた。 死んだのだ・・・・哀れな女の一生が、わが胸の中で閉ざされたのだ。 八弥はワーッと声をあげて空へ吠えた。近くに誰もいないと知って、見栄もない号泣
だった。 急にあたりは静かになった。 細い絹糸のような雨の音が、魂の奥までしみ入るようにひびて来る。 「そなたを、ほんとうに抱くのは死んでからであった・・・・」 しばらくぼんやりとまたお春の顔をながめていて、それから気を取り直したように八弥は立ち上がろうとした。 このまま手放しかねる。伯母といっしょに今夜は泣けるだけ泣いてやりたい。肉親の涙だけが、この不幸な女の供養
になろう。 しっかり抱いたまま立ちかけて、八弥はふと首をかしげた。お春のふところから細く巻かれた紙がのぞいている。 (何であろう?) 一度立てたひざを落として、八弥はそれを引き出した。手紙であった。表に
「八弥さま ──」 と書いてある。 八弥の指先は震えて来た。急いで広げて食い入るように見つめていた。 |