八弥は伯母を振り返り、 (やつれたもの) と、胸が痛んだ。容姿は於大
の方 に生き写しでも、お春と於大では背筋に通る気性の強さは比ぶべくもない。その同じ弱さが伯母にも哀れにしみついていた。 「折り入っての話とは?」 八弥がお春の肩に手を置いたまま、暗澹
とした面持ちで声をかけると、伯母は怖いものを見る眼
ざしでお春の顔をのぞき込んだ。 お春はいつかまた手をのばして八弥のひげをまさぐったり、着物の襟をもてあそんだりしている。 「八弥どの・・・・この伯母の頼みじゃ。おぬしの手で・・・・」 そこで急に歯をくいしばって肩をふるわせ、 「・・・・殺してたもれ」
と小さく早く言ってのけた。 「えっ・・・・ころしてと!」 伯母はうなずいて、またお春の顔をのぞき、 「近ごろ、この家のまわりに、時々うさんな者がうかがい寄って来るゆえにな」 「何しに来ると思われる、伯母御
は」 「知れたこと。お春が口走る・・・・他聞をはばかるお殿さまの言葉をじゃ」 うなずく代わりに八弥はそっと眼を閉じた。 (そうか。そうしたこともあったか・・・・) 「時々口走ることの中に、空怖ろしいことがある」 伯母はまた声をおとしてひとりごちた。 「上
和田 のご一族、松平三左衛門さまに謀反
の兆 しあれば、内々に斬って捨てよ、などと口走る・・・・そのようなことを口走る者をなんで無事に済まそうぞえ」 「・・・・」 「他人の手にかかる前に、そなたの手で・・・・なあ八弥どの」 八弥は眼を開くのが恐ろしかった。律儀一方の伯母であった。その伯母がこうしたことを言い出すまでの苦悩が骨に通って来る。 「おばはな・・・・おぬしとお春が夫婦
になって、仲よう暮らす日を待ったが、あきらめました。おぬしが斬らねば他人に斬られる。おばにはそれがはっきり分る。ばあ八弥どの」 「・・・・」 「なあ八弥どの・・・・」 母の言葉が耳に入ったらしく、お春は伯母のあとにつづいて、 「連れて行って」
と、また甘えた。 「御殿で、殿がお待ちかねじゃ。殿はな、このお春が、この世で一番好きじゃと仰せられた。さ、連れてって、八弥さま」 「伯母御!」 と、八弥は顔をそむけて、 「わしにもはじめてこの世の仕組みのむごさが分った」 「頼みまするぞえ、八弥どの」 「わしも、お春を他人の手にはかけとうない」 「わかってくれるか。おばの気持ちが」 「わかった。わかった。わしの手で、ひとまず浄土へ送り届けて、来世はなあ伯母御、お春をわしは誰のも渡さぬ」 ふるえる声が叫ぶようになったと思うと、片目八弥はかっと一眼を見開いて、ボロボロ涙を落としていった。 お春はまた歌うように、 「おお、殿のお出でじゃ。これ、はよう茶湯を持たぬか。これ・・・・」 八弥のひざをゆすって母に言った。
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