この綿の種をまず城内の女の手で殖
やそうと言い出して、大奥から重臣の女房たちにまで分けさせたのは華陽院であった。 今年のうちに出来るだけ多くの種子を取り、来年、近くの百姓たちに、その作り方を添えて分けよう。作り方を添えなければ、ふたたび種子の消えてしまうおそれがある。 と、いうよりも大奥で手ずから植えた種子となったら、これをいただく百姓たちへのひびきも違う。 「麻より柔らかく、紙子
よりも丈夫で、蚕のように忙しく手は取られぬ。桑
にそのまま繭 がみのると思えばよい」 今では於大よりも華陽院の方が棉のことには熱心だった。 そして、久しぶりに訪ねて来た娘をまで曲輪下の畑に案内したのは、しかし棉の育ちの経験だけを告げたいのではなかった。 戦雲はふたたび、尾、三、駿の三ヵ国を暑苦しく包みだしている。 岡崎方が安祥城まで織田信秀に奪
られているのが、駿河の今川氏にはたまらなく気になるらしく、織田攻めの留守
を甲斐 の武田につかれぬため、いろいろと外交上の秘儀を重ねているらしい。 それがまとまると当然三河へ出兵して、織田と一戦するに違いなく、そうなれば於大の若い良人
の広忠が先鋒を命じられるのは明らかだった。しかもその戦
はどちらが勝とうと決して松平氏の安泰を意味しはしない。今の織田勢が一気に今川家をもみ潰せるとも思えず、今川家がまたはげしい勢いで台頭
して来る織田の新興勢力を刈り取り得るとも思えない。そうなると両強国にはさまれた岡崎城の運命はひどく哀れなものであった。一度去就
をあやまると跡形もなくかき消されてゆく小さな火。華陽院にしても於大にしても危ない岡崎の火の粉の中の女性であった。華陽院がかって水野家から松平家へ暴々しく移されて来たように、於大の方の身の上にもどんな変転が訪れまいものでもない。そのことを棉の育ちに事寄せて華陽院はその娘に訓えておきたかった。 「殿方には意地と意地の競いがおじゃる、戦いはまたあろう。その中で、棉はすくすくと育ってゆく。お屋敷には、この棉のそだちを何と見やるぞ」 「はい、おのの生命のふしぎさを思いまする」 「そうであろう。そうであろう。この棉はお屋敷や私が死んだのちもきっと地上に生きてゆこう。そのはじめはお屋敷の運んだ一粒の種子にあったことなど忘れて・・・・」 「ほんに、この畑の棉の育ちが一番すぐれておりまする」 そっと小腰をかがめて緑の葉に手を伸ばす於大の襟あしに眼をすえて、 「私はのう於大。棉と女子のさだめとが、よう似通うているように思いますぞえ」 「棉と女子が・・・・?」 華陽院は柔らかくうなずいて、 「私が刈谷の城を去っても、忠守、信近みなすくすくと生きている。そしてその中の一人そなたはこうして私の身近に来やった・・・・」 そこまで言ってふと笑って、 「それはそうと、広忠どのは、そなたに優
しゅうなられたか?」 それが訊きたくてわざわざ於大をここまで誘い出している母であった。 |