母にたずねられて、於大の顔にパッと紅が散った。答えようとして答え得ない夫婦の間の感情のあやしさが、ぽっと暑さを増していった。 「お久の方を先に知られた。殿御にしてもはじめの女は心曳かれるものらしい。あるいは腹に据えかねることもあろうが・・・・」 華陽院はわが子の羞らいの中から何か真剣に探り出そうとして、 「棉・・・・棉じゃ。棉の心を思うてしのばねばなりませぬぞえ」 於大の方は視線のすみでちらりと母を見上げると、かすかに首を振ってみせた。 「お久は・・・にも、棉の種をつかわしました」 「おお!お久にも・・・・」 「お久は、しんけんに殿のおためを想うてくれます」 「それで・・・・そなたは苦しゅうないかえ」 於大の方は微笑してそっと枯れかけた下葉を一枚摘
み取って、 「お久の方こそ苦しいかと存じます」 華陽院はびしりと強く叩き返された気がした。 (この子は強い!) が、いったいそれは性格から来るうわべ
のものか、それともすでに広忠の心をつかんだ自身なのか? 華陽院はこれも誘い込まれるように笑ってみせて、 「だんだん陽射しが強ようなる。そろそろ陽蔭かげへ戻りましょう」 先に立って曲輪のうちへ歩きながら、 「愛されるも、愛されぬも、はかない現世
の泡沫 。そなた、もし広忠殿が討ち死になされたら何となさる?」 於大はそれを聞いているのかいないのか、 「憎めば憎まれまする。が、こちらから親しむと必ず向こうも親しみます」 「お久にことか、それとも広忠殿のことか」 「どちらも」
と於大に方は足もとに眼を落とし、 「お殿様がもし討ち死になされたら、だい
は死にとうございます」 華陽院はそっと青葉に眼をそらした。この娘の心にも広忠への愛情が燃え出しているのだろうか。そうであったらもう言う事はなかった。華陽院自身の若い日が同じ道を通って来ている。 水野右衛門大夫にも、むろんほかに女はあった。それがさびしい諦めに変ってゆくと、やがてしずかな愛情が胸に芽生えた。そしてその愛情はいつか彼女を身ごもらしていたのである。 於大にはまだ子供によって救われる母の心はわかるまい。が、すでにはじめの苦しい峠は越えて、女の生命がしずかに大地へ根付きかけている。華陽院は居間に戻ると侍女に命じて冷たい麦湯を運ばせた。そして、今日もかたわらを離れずについて来ている百合と小笹にもそれをすすめて、 「お屋敷さまが、早うお世継ぎをあげてくれると・・・・」 思い出したように言ってから、 「そうそう、お屋敷さまに甚六どのへの土産を届けていただきましょう。船方から珍しい献上物がありました。土佐の国できびからとった飴
じゃそうな」 わざとお久の生んだ甚六の名を口に出して、じっと於大の方を見やった。 |