〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2011/04/09 (土) モ ー ツ ァ ル ト (六)

○『ドン・ジョバンニ』 征服愛と愛の蹉跌

「女性を征服するのは男性であることの証」 という征服愛と愛の蹉跌を見事に描き出したのが、オペラ 『ドン・ジョヴァンニ』 である。
これは1787年に初演されたオペラで、ドン・ファンの物語を題材にしている。ドン・ジョヴァンニ (ドン・ファン) は夜、ドンナ・アンナの寝室に忍び寄るが、逃げる途中で彼女の父親の騎士長と決闘となって、刺し殺す場面に始まり、最後は石像となった騎士長がドン・ジョヴァンニを罰するという構成になっている。舞台は1660年頃のセビリアで、どんな女性でも誘惑することが出来ると豪語するドン・ジョヴァンニが主人公である。このドン・ジョヴァンニにはレポレロという従者がおり、彼はご主人が誘惑した女性をノートに書き留めている。 『カタログのアリア』 はこれまで誘惑した女性の数々を読み上げる有名なアリアである。
ドン・ジョヴァンニは女性に関していくつかの原則を持っている。まず、誘惑は決して失敗しないということと、女性を捨てても決して恨まれないということと、同じ女性を二度誘惑しないということと、刃傷沙汰にはならないということと、決して自分の行為で罰せられることはないということである。
しかし、このオペラではこの原則がことごとく守られていない。ドンナ・アンナもおそらく誘惑に失敗したのであろう (これには異なる解釈もある) 。彼女が騒いだために父親が出てきて、決闘となり、刃傷沙汰にならないという原則にもかかわらず、殺害してします。また、女性を捨てても恨まれないという原則であるが、ドンナ・エルヴィーラは自分を捨てたドン・ジョヴァンニを地の果てまで追い続ける。その挙句、ドン・ジョヴァンニは彼女とは知らずに、また誘惑してしまう。
皆でドン・ジョヴァンニを追い詰めて、彼に変装した従者のレポレロを成敗することになる。このあたりから面白い女性の心理が描かれる。ドンナ・アンナとその許婚のドン・オッターヴィオ、ツェルリーナとその相手のマゼットらが、 「生かしておくわけにはいかない」 と成敗しようとすると、あれほど憎悪に燃えていたはずのエルヴィーラが、一堂の前でひれ伏して 「私の夫だから許してください」 と頼む。ドン・ジョヴァンニの手口は、 「妻にする」 というもので、一種の結婚詐欺である。他の女性は彼に逃げられて諦めるのであるが、エルヴィーラだけは彼の言葉を真実と思って、夫であるドン・ジョヴァンニを追い続けるのである。
オペラの最後の場面で、不道徳なドン・ジョヴァンニの前に、石像となった騎士長が食事に招待されて現れ、 「悔い改めよ」 と彼に命じるが、ドン・ジョヴァンニはこれを強く拒み、地獄に落ちる。
見所はその後である。憎きドン・ジョヴァンニがいなくなり、復讐の願いがかなった後のそれぞれの女性たちは自分自身の見の振り方を語る。ツェルリーナはマゼットと家に帰って食事をしようと言い、復讐に燃えていたドンナ・アンナは、結婚を催促する婚約者のドン・オッターヴィオに対し 「一年間のゆとりを下さい」 と述べ、エルヴィーラは尼寺に入ると述べて虚脱状態になってしまう。
このッペラでモーツァルトは、女性に対して飽くなき征服欲を持つドン・ジョヴァンニを、非道徳的な女性の敵としてではなく、ファウスト的男性の原理の象徴として描き、あわせて女性の愛の心理を抉り出している。

「クラシック 名曲を生んだ恋物語」 著:西原 稔 発行所:講談社 ヨリ
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