〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2011/04/02 (土) ベ ー ト ー ヴ ェ ン (五)

○『希望に寄せて』 愛の苦しみ

ベートーヴェンが 「唯一の人」 と呼び、ベートーヴェンがもっとも赤裸々に愛を告白し、そしてその愛に応えたのがヨゼフィーネ・ダイム伯爵夫人である。
ベートーヴェンは1800年頃からダイム夫人のピアノの教師をつとめていたが、その頃から深い関係で結ばれた師弟関係であった。それは彼女が姉宛てに書いた次の手紙からうかがい知ることが出来る。
「ベートーヴェンは魅力的です。私さえよければ3日おきにレッスンに来てくれると約束してくれました」
1804年にダイム伯爵が没すると、ベートーヴェンとヨゼフィーネとの交流は一気に深まって行く。とくに1805年初めの手紙では、ベートーヴェンは 「わが愛するJ」 と語りかけ、 「おお、愛するJ、私をあなたに引きつけているのは性ではありません。違います。あなたが、あなたの全体が、あなたのすべての個性を含めて私の尊敬を勝ち得ているのです」 そしてこの手紙は、こう締め括る。 「ごきげんよう。あなたは小さな幸福でも私の手から得て欲しい。さもなければ私は自分だけ得をしたことになってしまいます」
彼女への想いをそのままつづったこの文面は、ベートーヴェンの深い愛を感じさせるものであり、またヨゼフィーネとの心のつながりがしっかりと出来上がっていることを示している。夫を失ったヨゼフィーネはベートーヴェンに心の拠り所を求めていたのは間違いないであろう。
ヨゼフィーネもベートーヴェンのこの愛に応えている。
「愛するベートーヴェン様。この冬しゅうあなた様にこれまで以上にお近づきになれたことは・・・・私の心に深い感銘を残しました。あなたはお幸せですか、それともお悲しみでしょうか。・・・・親しくお目にかかる前から・・・・私の心は掻き立てられていました。あなたのご好意がそれを募らせました。・・・・なんとも言い表せない感情があなたを愛させてしまいました」
どんなに愛し合っても、二人は身分が違っていた。ベートーヴェンの愛を受け入れつつ、ヨゼフィーネは不可能な愛に苦しむことになる。ヨゼフィーネにとって、この愛は苦しみであった。彼女はベートーヴェンにこのようにも書き送る。 「あなたは私の心をどんなに苦しめているのか、お分かりになっていないのです。私に対する扱いはまったく間違っています。・・・・私の命をいとおしく思ってくださるのなら、もっといたわってください」 そしてベートーヴェンの思いはあくまで友情であって、愛や結婚でないことをヨゼフィーネは書く。
「あなたは一人の人間に善意と友情を寄せられてきたのだということをお考え下さい。これこそがまったくあなたにふさわしいことです」
ヨゼフィーネはベートーヴェンと距離を置くようになり、1810年、シュタッケルベルク男爵と再婚し、ベートーヴェンを避けるかのように、彼とも交流も絶ってしまうのである。
歌曲 「希望に寄せて」 (作品32) が作曲されたのは1805年3月以前で、ベートーヴェンがもっとも彼女への愛を燃え上がらせた時期である。ピアノ伴奏はあたかも 『月光』 ソナタの第1楽章のようである。ティートゲの詩はこのように語る。 「汝 聖なる夜に祝し、痛みをやわらげてくれるのは、おお希望よ、耐え忍ぶ者に予感させよ、汝によって高められ、天上で天使が彼の涙を数えることを」
この歌曲に歌われる思いは、まさにベートーヴェンの思いそのものであり、 「希望」 はヨゼフィーネとの愛の希望を意味したのである。
あまり知られていない作品であるが、ベートーヴェンの愛の思い出のたくさん詰まった歌曲である。

「クラシック 名曲を生んだ恋物語」 著:西原 稔 発行所:講談社 ヨリ
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