〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2011/04/02 (土) ベ ー ト ー ヴ ェ ン (六)

○オペラ 『フィデリオ』 妻の犠牲愛

ヴェートーヴェンの唯一のオペラが 『フィデリオ』 である。ヴェートーヴェンは 『愛』 についてある信念を持っていた。それは愛の誠実と愛の堅さである。彼の恋愛はいつもこの原則で貫かれており、全力で愛し、信じ、そして不可抗力のそれぞれの理由で愛は破れていった。
ヴェートーヴェンがオペラの作曲を構想するにあたって、彼が好きになれなかったのが、モーツアルトの 『コシ・ファントゥッテ』 であった。彼は、このような愛のもろさではなくて、もっと強い信頼に結ばれた理想の夫婦愛を描こうと考え、フランス人のブーイの原作になる台本をもとにこの作品を作曲した。
圧制に喘ぐ人々の側に立って戦い、2年間も収監されている英雄的なフロレスタン、自身の悪事を隠蔽するためにフロレスタンを幽閉し、大臣にこのことがばれそうになるとフロレスタンを処刑しようとたくらむ刑務所長のピッツァロ、夫フロレスタンを救出するために、変装してフィデリオと名前を変えて刑務所に忍び込んだ妻のレオノーレ、以上がこのオペラの主な登場人物である。
悪事を隠蔽するためにフロレスタンの処刑を進めるピッツァロは、彼に自身の墓穴を掘ることを命じる。そのような状況にあって、妻のレオノーレは果敢に牢獄につながれた夫フロレスタンのもとにたどり着く。そしてフィデリオ (妻のレオノーレ) は、ピッツァロの前に立ちふさがり、 「まず私から殺せ」 と、処刑されようとするフロレスタンをかばう。フィデリオは手に短銃をもって迫る。そのとき、巡察にここを訪れた大臣の到着を知らせるラッパが鳴り響く。そして夫婦はこの危機を間一髪で脱するとともに、愛の勝利を歌う。
この作品のクライマックスはこの最後の場面である。最大の危機の場面で妻レオノーレの自己犠牲的な愛のよって無事夫を救出し、二人が堅い愛に結ばれる場面で歌われる 「言い尽くせぬこの喜び」 はヴェートーヴェンの愛の信念のもっとも純粋な表われである。
この愛するが故に自らを犠牲にして誠を尽くすという彼の考えは、 「不滅の恋人」 の手紙や、ダイム伯爵夫人への手紙のトーンと共通している。 

「クラシック 名曲を生んだ恋物語」 著:西原 稔 発行所:講談社 ヨリ