〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2011/02/03 (木) 救国運動としての農協共済 (三)

協同組合と共済のあり方についても、賀川らしい論法で説いている。
「協同組合は、国家の背骨です。その協同組合の背骨が、生命共済です。 ── 人間を国家に見立てると、頭脳は政府です。心臓、胃袋、肺臓、筋肉などが、それぞれの機能を持った協同組合です。胃袋は消費組合、筋肉は生産組合・・・・つまり、生産、販売、購買、信用などの協同組織で、人間の体という国家は出来ているのです。そこへ生命共済が新たに入ってきました。生命共済が入ったことで、人間の背中が、ピンと立ったのです。生命共済のない協同組合は、クラゲのような軟体動物ですし、協同組合のない国家も、グニャグニャの軟体動物です。 ── 生命共済は、協同組合の背中をピンと立て、脊椎動物にかえました」
生命共済を語るとき、小柄な体からは、全身の血と全霊が、泉のように溢れ出した。
『生命救済事業表彰式会場』 の立看板が、東京有楽町の農林中央金庫ビルの前に立ったのは、昭和二十九年六月二十五日だった。
二十八年度中の生命共済新契約総額が1000万円を超えた農協が、この日の晴れの表彰を受けている。表彰された農協は160組であった。
「農協共済の父」 と称えられる様になっていた賀川は、壇上に立って祝辞を述べた。
「みなさん、今日はおめでたい席ですが、わたしは厳しいことを申し上げます。
全国で20社ある生命保険会社は、一兆3000億円の巨額な契約を集めています。それが系統農協でたった60億円、なんとも情けないではありませんか。かりに農村の人口4500万人としましょう。このうち1000万人が、一人当たり八万円の農協共済に入ってくれたなら、8000億円。2000万人なら一兆6000億円になります。保険会社を追い越します。そうしなければ、農協の共済事業の将来はありません。 ── 日本の農業の将来もありません。
みなさんがこの共済事業をやってくれるならば、農村から貧乏はなくなるでしょう。世界の協同組合の中で、保険事業を禁止されたのは、日本だけだったのです。高い税金や肥料代のほかに、保険会社で持ち去っていく現金の為に、日本の農村は疲弊していったのです。終戦後やっと認められたこの農業協同組合の共済事業こそ、農民、農業、農村に巨大な力を生むことでしょう。みなさんの健闘を、せつに祈ります」
拍手は会場をゆるがせた。
── 農家から流れ出る金は、農家に還元させる・・・・農民は健康を守りながら、農業経営を向上させ、農村は巨大な力を貯えていく。そのためには、 『農協共済へ全戸加入を』 と賀川はめでたい表彰式の席でもきびしく呼びかけたのだった。
農林省の調査が、賀川のこの挨拶を裏付けていた。
昭和二十六年までに全国の農家が、簡易保険や生命保険会社に払い込んだ掛け金は、220億円、二十八年末には7000億円の契約高で掛け金は350億円。これらの資金は、都市の大資本家や商工業に流れていた。これを農協共済への払込金に当てるなら、その資金は農村に還流されて、大規模土地改良や、トラックター購入や、農産加工工場の建設に使えたのである、と。

『一粒の麥は死すとも ── 賀川豊彦』 著:薄井 清 発行所:社団法人 家の光教会 ヨ リ
Next