一方、会社側は労働者の分断、闘争体制の切り崩しに躍起になった。 「休業手当は打ち切るぞ」 「工場を再開するから、直ちに職場に復帰せよ」 官憲側の弾圧も露骨の度を加えた。 「広場での集会や示威行為は、以後禁止する」 労働者側も負けてはいなかった。 「広場で集会はいかんと言うんなら、神社参拝なら文句ねえだろう!」 賀川は新戦術を編みだし対抗した。 労働者の群は、永田神社の境内に押しかけた。争議に入って二十日近く過ぎた七月二十八日であった。神社参拝という名目では、さすがに官憲側は手が出せなかった。 「目醒めよ 日本の労働者・・・・」 境内に労働歌が轟きわたったあと、神への祈願文が、音吐朗々と朗読された。 |
天地神明に誓って神戸三万の労働者は申す。我等は金権に虐げられ、官憲の圧力にあい、自由の道通ぜず、日に嘆き、夜に憂い、肉落ち、血枯れ、ここにただ神明に祈願して、宇宙大衆の批判を受けんことを待つ。我等の道が非か、金を貪る彼等が是か、我等は圧制、横暴、迫害に耐え、あくまで産業の自由と人格の解放のために、天地大霊の庇護をこい願う」 |
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労働者の群は、すすり泣いた。文面から推して、この祈願文も賀川豊彦が筆をとったのであろう。 翌二十九日には、三菱造船は工場再開を宣言した。争議に疲れた労働者に対するゆさぶりだった。 結束の乱れを防ぐため、この日は早朝から生田神社に集合した。 一万五千人の労働者を取り囲む官憲の警戒網は、前日よりずっと厚くなっていた。 「天皇陛下バンザーイ」 「労働者バンザーイ!」 賀川の音頭でバンザイ三唱のあと、デモ行進に移った。 労働者の群は生田の森から三宮へ、三宮から元町へと、大地をゆるがせて、駆けた。堰を破った鉄砲水のように・・・・。 「負けるもんか!」 「資本家をぶっつぶせ!」 爆発するすさまじいエネルギーを見て、とっさに賀川の脳裡をかすめたのは、三年前のコメ騒動の光景だった。 「いけない。このままでは、暴動になるぞ!」 群集を掻き分け、先頭に向かって駆け出した。途中で人力車に飛び乗り、二人の車夫に力走させてやっと先頭にたどりついた。 「諸君、一六横隊になって腕を組もう。官憲の挑発に乗らず、正々堂々、労働者の力を誇示するんだ」
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『一粒の麥は死すとも
── 賀川豊彦』 著:薄井 清 発行所:社団法人 家の光教会 ヨ リ |
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