〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2010/10/30 (土) 『新・平家物語 (十一)』 P−189 〜 P−193

それより少し前のこと。
熊谷は、敦盛の姿を遠くに見つけるやいな、
「しめた。よい敵」
とばかり須磨の松原を馳け縫って、ただ一騎、このなぎさ まで、追っかけて来たのである。
「── 天の与えぞ」
と、叫びもしたいほど、かれの、とかく武運に恵まれない不遇な恨みは、この時、功名の望みに燃え上がっていた。
なんと、俺ほど、武運のつたな い者があろうか ── とは、今の今まで、いらいら抱いていた自分への嘆きだった。
宇治川でも、また、今暁の合戦でも。
他の同僚は、それぞれ、武功を立てたが、彼のみは、一子直家が二度も手傷を負って退くような不運を見たほか、まだ、敵らしい敵にも巡り会っていない。
わけても熊谷が、ひそかに残念にしていたのは、義経が初の院參の際、その供にもれたことだった。
それやこれ、剛直な男も、少なからず気を腐らせ、今朝から功名にあせっていた。
そしてしきりに、
「── よき敵もがな」
と、血眼になっていたおりもおりだったのである。 「のが してなろうや」 と、阿修羅あしゅら になっていたのも無理ではない。
「やあ、見奉るに、平家の内にても、名ある大将の御一人に候わめ。敵に呼びかけられて、返し給わぬほど、恥知らぬ君にては、よも、あるまじ。返し給え。いさぎよく勝負をとげて、武門の人たることを示し給え」
すると、かなたの浪間の声は、 「おうっ」 と、答えたようだった。
敦盛は、すでに、駒をめぐらしている。そして、熊谷の影をこう から見つつ近づいて来た。沖へ向かっては、おび えがちだった駒も、岸へ向けかえられると、よく泳いだ。そしてその馬蹄ばて が、浅瀬の一端をふんで立つやいな、ほとんど本能的なはや さで、白波を蹴り、熊谷の駒へ、ぶつかって来た。
「── あっ」
待ち構えていた熊谷が、かえって、駒をかわしたほど、それは、盲目的な勢いだった。
「おお、よくぞ、引っ返された。さすが、辱を知るよき大将の君におわさん。・・・・いで」
と、熊谷もまたともになぎさ を馳けあがって、
「名のり給え。 ── そも、かくいう者は、武蔵国の住人、熊谷丹治次郎直実。 ── 会い奉るこそ、冥加みょうが なれ」
と、大音声でいった。
敦盛は名のり返そうともしなかった。
その全姿は ── 萌黄もえぎ にお いの鎧も、鶴の模様を刺繍ししゅう した直垂ひたたれ も、こがねの太刀も、そして鞍やあぶみまでも ── 滝のような濡れしずくをしたた らせて、何か、夢見る人のようですらある。
「・・・・冥加とや」
ふしぎな言葉と聞こえたのか。
敦盛は、口のうちでつぶやいたが、その唇さえ、海の冷えにこご えて、紫ばみ、生きた人の色にはなかった。
が、熊谷の眸には、相手の姿すべて、一個の燦然さんぜん たる武勲の獲物としか、見えていない。
同時に、わずかな猶予も、許せない気がした。こういう間にも、敵の加勢よりは、味方の邪魔がおそ れられる。功名争いという点では、味方の同僚こそが敵なのだ。せっかくの獲物も、首を挙げた者の手柄に帰し、つまらぬ目にあう例は少なくない。
「やあ、おし にもあらぬに、なぜか、ものいい給わぬよの、名のり給わずば、それまでのこと、いざ」
あららかな息吹いぶき の下に、だっと、駒をあお り出して、馳け寄せざま、
「組まんっ」
と、いど んだ。
「オオ」
敦盛は相手の強力に、のぞけったが、憤然と、鎧の袖を鳴らして、熊谷のどこかを、必死につかんだ。
が、もとより熊谷の敵ではない。
たちどころに、敦盛の体は、砂上へ投げつけられ、とたんに、小鳥へかかるはやぶさつめ を思わすはや さで、熊谷もまた、馬の背から、下のものへ跳び移っていた。
絢爛けんらん な獲物のもがきをひざに組みしきながら、熊谷は、勝者の歓喜というものか、語意もない、獣じみたおめ きを、ただ無自覚に歯の根から発していた。
そして早くも、右手は、よろい貫しを引き抜き、
「お覚悟」
と、それだけは、はっきりいった。敦盛の首をかっ切ろうとしたのである。
本能的なもがきは見せたが、敦盛のそれは、抵抗というにも足りぬ戦慄せんりつ に過ぎなかった。初めから、死ぬべく駒を引っ返して来た彼である。観念のまぶた をふさいでいた。

『新・平家物語(十一)』 著:吉川英治 発行所:株式会社講談社 ヨ リ
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