肉親が肉親を見るには、明暗の別
もないものか。あるいは、自然と眸
が馴れて来たものか。やみながら、母にはこの姿が見え、子の眼には、母の白い顔も黒髪も見えていた。 「牛若よ。大きくおなり遊ばしたのう」 「・・・・はい」 「母の手紙や、また、母のこと云など、お山においであるうちに、たびたび、届いていたでしょうね」 「承
っておりました」 「おん身も、この春で十六です。・・・・今さら何を申しましょう。お山にとどまっていられるうちなら、なお言いたい母の気持ちもあるが、思えば、女親の祈りでしかありませんでした。・・・・どんな正しい願いでも、祈りは滅多にかなえられぬもの。まして、あなたには、母とはいえ、母らしい御教育もできなかったわたくしです」 「そ、そんなことは」 牛若は、とびついて、母のひざに、しがみついた。身もだえして、母の体のうちへ、声も涙も揉
み込むようにいった。 「母君のせいではございません。そうさせたのは、平家です、平相国清盛のさしずです」 「・・・・おおっ」 彼女は、ふいに、乳のあたりでも烈しく衝
かれたように、白い面を、がくと、自分の肩越しに伏せた。 その横顔を、ひざから伸び仰いで、牛若は、 「ね、母君・・・・そうでしょう。牛若は、平家の縛
めを切って逃げました。小気味よしと思っています。・・・・母君は、僧になれと仰いますが、わたくしは、父に左馬頭
義朝 ともいわれるお人をもった武門の子です、どうして、世の外になど生きていられましょう。・・・・いえ、世の外などという世間がどこにあるのですか。法師の住む深山
の奥だって、平家に媚 びたり、平家を怖れたり、人間の善悪でも何でも、平家の掟
だけで判断したりすることは、ちっとも、山外の世間と変わってはおりません」 「・・・・」 「おゆるしください、母君、・・・・母君のお心にそむくかも知れませんが、牛若は、生まれついた武門の子に返ります。お詫
びには、父義朝殿の汚名をそそぎまする。また、数多なる源氏の亡霊を弔うて、それぞれの家を再興してやりましょう。 ──平家
人 でなければ人間に非ず
── などと、奢 り誇っている入道相国を始め、六波羅の眷族
どもを、あのままに栄えさせてはおきません。・・・・今にです、今に、もうすぐ、わたくしもひとりの大人になりますから」 「・・・・・」 常盤は、身を切り裂かれる思いがした。 無理もない、この子は何も知らないのでsる。 平家への怨みふぁ家は、聞かされていても、幼時、清盛の情けで自分の一命は救われていたものだという当年の事情は知っていないのだ。知るよしもない、母だけの秘密でもあった。また、それだけは、常盤の口から言ってきかせることもできなかった。 |