途々
、火の手を物見させたが、街に異変はない。院の諸門も、鎖されていた。身鎧って来た張り合いもないほどである。 ── が、仙洞
へ来てみると、武者所の一門は開かれ、一殿
の遠侍 の間
、また、木 の間
もるる寝殿 の灯りなど、常ならぬ気配はどこやらにある。 忠盛は、院の別当が召されるとあり、すぐ中門から、内へかくれた。一方、清盛は、武者所の建物の前に、黒々
と群立 している同僚や、他家の郎党たちを見かけ、その口々の声から、何事のお召しかを知ろうと思って、近づいて行った。 「人の身こそ、わからぬもの、つい、先月の事ではなかったか。菖蒲
小路 の源ノ渡が家へ、われら同僚ども大勢して、月見にと招かれたのは」 顔、顔、顔・・・・興奮した顔ばかりである。奪い合って、語っている。 「おお、あの夜は、おれもいた。客どもは、たべ酔うて、秋の月よりは厨
の月をこそ、見せろ、見せろ・・・・などと渡を困らせて」 「だが、さすがは、渡。 ── あの時、自分の新妻を、おれたち友人に、ひき合わせた仕方は、よかった」 「おう、いまも、眼
にあるわ。・・・・萩 の小坪に四白
の駒 をひいて、あの袈裟ノ前の立ったる姿よ」 「月、まばゆげに、われらの方へ、会釈
はしたが、ニコリともせなんだ横顔がの」 「ニコリともせぬが、こぼるるばかりな」 「臈
やかにはあれど、客どものために、厨で立ち働いていたままの水仕
姿、白 芙蓉
の花にも似て──」 「春ならば、梨花
の一枝 」 「ああ、傷
まし、傷 まし──」 武者
面 にも似ぬ感傷をこめて、ひとりは長嘆した。 「人妻ながら、げにも美しかった。その袈裟ノ前が、殺されたとは」 清盛は、初め、耳を疑った。──
袈裟御前の死。袈裟御前が殺された。 ──そう聞いても、にわかには、彼の胸にある印象が、拒むかのように、生きていて、信じたがらない。その人がいかに美人だったかを清盛に言わせるならば、清盛はなおなお諸人の賞賛も足らないとしていうことがおおかったであろう。 が、人の新妻と知るるばかりに、彼は、想うだに罪悪としていたのである。いま、その袈裟の身に凶事があって、人々の口端
に彼女の名が争そって言われ出すや、彼もまた、盲恋
の窓を放って、まるで自分のことみたいに顔色を変え、人々の中へ割り込んでいった。 「ほんとか、まちがいないのか。・・・・殺したのは、だれなのだ。下手人は、下手人は?」 「平太どの、あちらで、忠盛どのが、呼んでおられるぞ」 たれかに、いわれて、清盛は、中門の方へ馳けた。父中盛が立っている。 「そちは、まず、鞍馬
口 、一条あたりの、見張に立て」
と、忠盛は命を下した。父としての、姿ではなく 「──往来人に心をつけ、怪しと見るは質
し、洛内より出ずるは検
め、こよいの痴れ者を、逸
するな。いかに、姿、面
を変えたればとて、見誤るべき下手人ではない」 「だ、だれですっ、わたくしの、からめとるべき人間は」 忠盛の言葉を待ちきれず、早口にたずねた。 「遠藤武者盛遠じゃよ」 「げっ、盛遠?・・・・あ、あの盛遠が、袈裟どのを殺
めたのですか」 「そうだ」 と重苦しげに 「・・・・武者所の名に、大きな汚点が付けられた。こともあろyに、新妻に懸想
して」 そのとき、中門の内から、盛遠の叔父
、遠藤光遠が、異様な眼と、青ぐろいまでに緊張した面
を持って、出て来たが、ここの人影に、逃げるがごとく辞し去った。 下手人と密接な人物を見、多くの眼が、それを振り向いた。いつのまにか、忠盛父子のまわりには、他家の主従も集まって、厚い列をなしていたのだった。 ──
忠盛は、いま、院の別当との打ち合わせも遂げたので、ひとり清盛だけへでなく、他家の衆へも、事件の全貌
を、次のように明かにした。 袈裟ノ前の死は、十四日の宵
の戌刻 すぎごろ (午前九時)
── 場所は、菖蒲 小路
の自邸、良人 の渡にとっては、留守の間の出来事だった。 |