〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-T』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十四) ──
だんうら の 巻

2014/07/07 (月) つき な き あか (一)

四月も半ばに近づいて行く。
義経の陣した豊浦とよら の丘は、遠い昔、仲哀ちゅうあい の帝と神功皇后との、仮の皇居であったとか。
ふもとから山の上へ、浜ノ御所、黒戸ノ御所、上ノ御所と、遺跡やら、まつり楼閣ろうかく 、寺々などが、木の みどりに煙ってい。小比叡という別名があるわけも、うなずかれる。
源平盛衰記にも、
“──長門ノ国にぞ着きにける。当国の国府には、三の御所あり、三河守 (範頼) は、この御所御所を見むとて、こよひはここに陣したり”
とあるのを見れば、先には範頼の軍勢も、ここに陣したことがあったらしい。
義経は、今日か明日かと、心待ちに、院宣の到るをここに待っていた。
その間、彼は、捕われ人に、あと うかぎりな寛度をしめした。── 都へひかれれば、たれかれ問わず、一様にきびしい衆目えお裁きの前にさら される囚人めしゆうど 以外なものではない。
「せめて、ここにある日の、間だけでも」
虜囚とりこ たちのためには、そう欲しいとしている義経も、堀川の留守を思うと、うぐいす の声も、ふじ の紫も、すぐ静への連想にむすばれてゆき、
「院宣の御使い、今日もまだか」
と、ややもすれば、季節の昼は、いらだたしい。
「── 殿」
「お、有綱なるか。何事ぞ」
ただ今、かみ ノ御所におわす女院の雑仕女ぞうしのめ より、あわただしゅう、虜囚とりこ の木戸守りへ」
「何か、告げて来たか」
「女院には、にわかなお病気いたずき の由で、なんぞ、お薬餌やくじ なり手当てのお情けを、賜わりたいと願うてまいりましたが」
「重げなる御容体か」
「しきりにおのの き給うて、お熱の もただならぬとか」
「・・・・江田源三やある」
と、義経は、次のとばり へ向かって、
「源三、赤間まで一鞭ひとむち 当てよ。赤間の施薬院における阿部麻鳥あべのあさとり を、すぐ同道してまいれ」
と、いいつけた。
昨今、麻鳥は、赤間にいるものとみえる。
── とすれば、屋島戦後と同じように、壇ノ浦附近の寺か民家をさっそく医療所としているのだろう。そして、源平の負傷者をそこに収容し、細民たちの施薬などもしたり、一切の世事雑音をよそに暮れているに違いない。
て参りまする」
江田源三は、馬を引き出し、遠からぬ赤間の町へ、すぐ急いだようであった。
「ともあれ、医師くすし の麻鳥が来れば」
と、義経はそれを頼みに、源三の帰りを待った。
著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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