「判官どのとは、どんなお人か」 「どれが、九郎義経さまか」 群集の眼は、彼をさがした。 ざっざっと、諧音
をもった甲冑かっちゅう と騎馬の流れは、余りにさんらんとし、また、どの武者も凛りん
と見え、一人を眸ひとみ に持つのは、群集には困惑らしい。 土下座の風はまだなかった。恐こわ
いことはよくわきまえている民衆だが、野遊女のあそびめ
たちまでしきりにしゃべりちらしている。自然 「あれが総大将の判官どの」 と衆目が知ると、かの女らも 「好い男」 とか 「そんなでもない」 とか、夜ごとの男の品さだめでもするようなことまで口走っていた。けれど続いて、十幾輛りょう
の囚人めしゆうど 車ぐるま
が、牛にひかれて、えんえんと揺れ傾きつつ来るのを見ると、さすが、かの女らも、あわれは知るものか、眸を沈め、唇くち
をとじてしまった。 すると、突然、ひそまっていた人垣ひとがき
の間から、かの女らではない、そして、身なりも匂いも、どこか違う女性たちが、道の左右から幾人も走り出て来た。そして、 「── 臈ろう
ノ御方おんかた さま」 「──
治部卿ノお局さま」 「── 北きた
ノ政所まんどころ さま」 と叫び叫びするもあり、中には、 「女院さまっ、女院さまは、どこに」 と狂おしい姿も見え、血まなこで、思う人の車を見さがしては、それの轅ながえ
や簾の下へ取りすがる態であった。 牛車は、つぎつぎに、つかえてしまう。 「おう・・・・」 「オオ」 と、車の内にも、それぞれ、外をなつかしむ声やら咽むせ
び泣きがする。 群集の眼にもすぐ分かった。 車へすがり寄った女性たちは、みな、平家に仕えていた元もと
の雑仕女ぞうしめ や侍女たちにちがいない。合戦の翌日、拿捕だほ
されて来た女房船の幾艘から 「どこへなと去れ」 と、追い上げられた多くの女ばかりの群れを彼らは目にもしたことだった。 さあれ、追い放たれた女房たちも、行くあてはなし、ちまたには飢餓がみちている。それに旧主の安否にも心をひかれていたのではあるまいか。やがて日を経ふ
るにつれ、それらの女房たちも、埠頭ふとう
の物売りに立ち交じり、花を抱えて花売りとなったり、鮑籠あわびかご
を頭に載せて旅人の前に立つなど、さまざまな生業たつき
の姿を見せ始めていたのである。 今。── 帛きぬ
を裂くような声で、口々に叫んだ名こそ、かの女らが長年仕えていた元の主あるじ
なのであろう。だが、車の箱をたたいても、轅ながえ
を涙に濡らしても、物見の簾す
は、開かなかった。 まことならば、囚人めしゆうど
車ぐるま の簾は、巻き揚げられているはずなのに、深く垂れ籠こ
めさせたのは、義経の慈悲だった。女院以下の浅ましゅうな変わり果てた姿を、路上の衆目に曝さら
すのも ── と例を破って外から見えぬようにしたのであった。 ── でも、お互いの声は聞かれた。内と外との、思いは通わすことが出来た。かの女らは抱いて来た花やら餅もち
やらを、簾の下から内へ、無理に差し入れようとした。 武者たちが、それをしかって、追い払いにかかると、悲泣が乱れた。義経も駒こま
を返して来た。彼は、どう思ったか、武者たちを制止して、 「手荒なことすな。物売りなれば、仔細しさい
はない。女たちの持つ花などの物は、買い上げてとらせろ」 と、言い、 「弁慶、しばし休もう。物売ものう
り女め たちに、充分な物代や金を与え、諭さと
して、立ち去らすがいい」 と、また一方へ命じていた。 |