町中でも、この辺、わけてごみごみ建てこんでいた。裏は砂っ原で、貝殻を噛
んだ雑草の叢むら が、四月の伸びをまだらにし、ついその先に、筑紫つくし
通いの船着き場がある。 戦後は、通い船ばかりでなく、諸国の荷船や兵船も始終着いてい、漁夫船頭の数ほど、武者の影も立ち交じっていた。従って旅人のふえたことも、つかえていた芥あくた
が一時に流れを得たような景況だった。 「なあ、ほんとかよ。船島にいた芦屋あしや
とかいう海女あま っ子が、たいそうな御褒美ごほうび
をお陣屋からいただいたってえのは」 「芦屋ひとりじゃないとさ。串崎の海女あま
一同へも、彦島のおん大将から、手柄じゃと賞ほ
められて、米何十俵とやら、布何十匹とやら、御褒美が出たそうな」 「ええ、うらやましい。そんなことだったら、海女になりゃあよかった」 「何さ、うらやむことがあるもんか。海女がそんないい目に会ういなんて、一生一ぺん、龍宮りゅうぐう
から珠たま を拾って来たような夢ばなしみたいなもんだよ」 「あたしたちだって、いい旅人でもつかまえればね」 「だめだめ、上り下りの男どもも、このごろは、ろくな物代ものしろ
は持ってないし、国船の渡り船頭じゃ、食べも飲めもできやしない。あとは東国の兵だろう。あんなのお客にしたら、体が幾つあったって、足りはしないよ」 そこらの物売り小屋は、なべてかの女らの巣とみえる。かの女らとは、説明までもなく、港々には必ず見かける遊女なのだ。それも宿さえ持たぬ夜の女がこの赤間には、近年、季節の渡り鳥ほど群れていた。 二年越しの飢饉ききん
やら戦乱が、自然、こうした飢えを、ここへかき集めていたのだろう。どの顔も、粳うるち
の粉こ を塗った鼠色ねずみいろ
の白っぽさだが、とにかく口紅らしきものをつけ、よれよれな帯、小袖こそで
を引きずり、そして、昼間の欠伸時あくびどき
を、町屋のそこかしこで、買い食いしたり、賭か
け事ごと に耽ふけ
ったり、明日の先を考えるでもなさそうに、さえずりあっているだけの群れに見える。 「おい、こっちへ来なよ、そこにいる綺麗な上臈じょうろう
くずれの女子おなご のことさ。何してんだね・・・・そんなところで、ひとりぼっち」 女の一人が、ふと言った。小屋の横に莚むしろ
が見え、今朝から死んだようになって動かずにいる女性がいた。ひざを抱えて、そのひざの上へ、面も黒髪も、じっと埋めたままという姿である。 「・・・・ふん。返辞もしないよ。お上品ぶって」 声をかけた夜の女は、仲間の女たちの間へ戻って、自分の親切が無視されたかのように、ぷんぷん言った。 「どうせ、あの女も、平家の落ちぶれだろうがさ、何も、返辞ぐらいしたっていいじゃないか。あたしたち同様な、塒ねぐら
もない身になりながら、まだ、あたしたちを汚い者みたいに思っているんだよ。たんと、困ってみるがいいや」 「そうじゃないよ。あの上臈はね・・・・いいかしら、言っても」 「どうしたのさ」 「いつも、首斬り場になる原っぱめ。知ってるだろう。あの淋しい榛はん
の木のある辺だよ。そこへ、夕べ五、六人の東国兵に担かつ
がれて行き、交る交るにあそばれたんだとさ」 「なアんだ、めずらしくもない。そんなことであの上臈は、死のうとでも考えているのかしら。・・・・垢あか
じみてはいるけれど、地はよい着物を着ているし、顔だって、やっぱり都者は都者だよ。漁師かだれか、内儀かみ
さんに拾ってやればいいのにね」 「そうはゆかないよ。それやあ、意地の汚い男はうようよいるだろうけれど」 「なぜ、拾い手もないのだろう」 「梶原さまの眼があるもの。高札こうさつ
をごらんよ、高札を」 「あ、そうだっけ、そういえば二、三日前、生捕り人の柵さく
を破って、大勢の平家の兵士が逃げたんだってね」 「だから、よけい、うるさいんだよ。平家に仕えていた者でも、女だけはまあ、お構いなしになっているんだそうだけど、それにしても」 急に、かの女らは、口をつぐみ合った。 船着きの方からも、界隈かいわい
の露地からも、わらわらと、多くの人が往来へあふれ出て来たのを見たからだった。 あの女らも、一人残らず、破れ廂びさし
から飛び出した。 口々に辺りで言っているを聞けば。 大将軍義経以下、彦島にいた源氏が、豊浦へ陣を移すので、今、建礼門院をはじめ平家のたくさんな捕われ人びと
たちも、車に乗せられて、ここを通る。行列はもう、小瀬戸こせと
の渡しを越えたそうな。 「ほどなく見えようぞ」 「それを見なくては」 と、伝え伝えて、たちまち垣かき
をなしていた群集だった。 |