〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-T』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十四) ──
だんうら の 巻

2014/07/03 (木) ちょう かい (二)

捕われの平家人へいけびと たちは、ふる 御所に接している元の尼御所やら宗盛の陣屋あと に、それぞれむね を分かたれて押し籠められていた。
警固のかが りのほか、内には、めったに人声もなく、あちこちに見える小さい灯も、みなはかないかさにじ ませてい、いとどこの囚人めしゆうど たちの心を深い想いの底に沈ませていた。
「人はみな、わざと遠ざけた。・・・・こよいは義経とあなたと、ただ二人だけで、心おきなく話したいと思うて」
一室の暗い灯をはさんで、義経は、ここにつつし んでいる平大納言時忠とむか いあっていた。
夕方。
伊勢が沖から吉報をもたらしたさい、果たしてそれが神器の一つであるか否かを確かめるため、時忠にも、それを せた。
時忠も一見して、神璽にちがいない旨を答えた。
そして、落涙を久しゅうしていた。
宝剣だけは、ついにまだ不明だが、ここに神器の二品だけは返ったわけである。義経が愁眉しゅうび をひらいたのはいうまでもない。さっそく、仮の内侍所ないしどころ を設け、先の神鏡の小唐櫃こからびつ とともに、それを納めた。
「・・・・ああ、これで都へかえ るにも、いささかは」
その夜は義経も、これまでにない心のゆとりを覚えたのであろう。── そっと時忠の牢室ろうしつ を訪れていた。公的には、しばしば相見ているが、戦後となって初めての、わたくし的な対面だった。侍臣も遠ざけ、今宵こそしみじみと、その人の胸をたたこうとするものらしい。
「何かと、情けあるお扱い、こうしていても、お心は蔭ながら朝夕にありがたく存じておる」
時忠が、手をつかぬばかりな姿へ、
「あいや、そう固うならずに」
と、義経はわざと、打ち解けてみせた。
「── 先に、御辺へは義経より一札いっさつ の誓書を渡してあること。ただの生捕り人とはちがう。しかし、その儀は上洛して後、院のみゆるしを仰いで、よいように致す考えです。ここにて梶原へ計っても、また、鎌倉どのへの書をもって訴うるも、ちと事むずかしゅう思われるので」
御意ぎょい にまかせる」
時忠は、瞑目めいもく がちであった。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
Next