〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-T』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十四) ──
だんうら の 巻

2014/06/30 (月) うつつゆめ (一)

義経は、臨海館に入ると、さっそく、宋人そうじん 鋳物師いものし の一行の内からおも な者、三、四名を呼び出し、そして親しく彼らの仲間へ、
渡宋とそう の船は、明朝、赤間の埠頭ふとう に相違なく寄せてしん ぜる。この戦にさえぎられ、帰国の途を十数日も国境にて、足止めされていた由、まこと、気の毒なことであったの。── が、安心せよ。明日は貴国へ船出が出来よう。こよいは日本を去る名残の一夜、心おきなく、休むがよい」
と、親経の訳語を通して、ねんごろに告げた。
宋人たちの歓声が、やがて奥の方で、 がっていた。
院使親経や、奈良の使僧も、彼らの座に交じって、ともどもよろこびあい、
「幸い、よい大将がここにいたればこそ」
と、義経の好意に感謝し、その徳をたた えあった。
梶原の部下も先に来ていたが、それは単に、一行の宋人へ雨露をしのぐ宿所と、冷たい監視を与えていただけにすぎない。
義経は積極的に、異国の文化をもたらして今帰国するこの異国の労務者たちに、心から何かを見せてやりたいと思った。で、山下から酒やさかな を運ばせて一行を慰め、また伊豆有綱を、沖なる伊勢三郎の許へやって、
分捕ぶんど りの唐船一艘に、穀、野菜、塩、干魚などの食糧と、およそ五十人分の起臥おきふし の調度を載せ、明朝までに、赤間の船着きへ寄せておくように」
と、命を伝えさせた。
沖は今、神器の捜海に血まなこなさいである。これは並ならぬ厄介事にちがいない。と義経にも分かっていたが、あえて、急げと念を押してやった。
こうして彼はその晩も、つい一睡のひまもなかった。しかしさすが疲れも出て、一応の指図をすますと、園の一亭に りかかり、ひとりうとうとと居眠っていた。
するとどこかで、ただならぬ物音がした。
彼はふと眼をさまして 「── 喧嘩けんか か」 と、思った。部下の雑兵喧嘩はめずらしくない。
だが、物音は、間もなく止んだ。騒ぎがあったのは、がけ の中腹に っている一つの屋根の下らしく、やがてのこと、二十名以上の武士が、何かののしりののしり、義経のいや方へ、小道を分け登って来る。
彼らはにわかにこれへ来た梶原部下の残党狩りの兵らしかった。園の一亭に義経がいたことなどもとより知ろうはずもない。どの顔も昂奮し、猛々しいまなこ をもっている容子が口々の声でもわかる。
著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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