暮れ迷う春の遅い日も、ようやく、じっとり夜気を降らせていた。といっても、およそこれらのいきさつは、ほんのつかの間といえる人語と人影の交叉であったまでにすぎない。 眤の影が、外へすべり降りて行くとすぐ、義経たちと、そして桜間ノ介や時忠父子も一かたまりとなって、そこから舳
の方へ進んで行った。もちろん早足ではない。窮鼠きゅうそ
の敵へ、徐々に迫って行く身構えであった。 暗さは暮らし、必死の敵が、そこらの物蔭に、どんな刃を伏せていまいものでもない。 ── 知盛の心の内とて、確かには分からないし、また果たして、それが知盛であるか余人であるかも分からないことだった。 しかし、それがたれにあるにかかわらず、さっきから、舳みよし
の一端に、黒々と影をかさねて、じっと。立ち群れている先の方こそ、近づいて行く者以上に、全身の毛孔けあな
をよだて、双そう の眼まなこ
をおのおのギラギラ研と いでいたろうことは間違いない。 そして、その一群の影は、はやくも
「すわ、これへ近づく者なあるぞ」 と知った気配であったが、あくまで声もあげず、揺れも見せず、ただ墨のような鬼気をそこにみなぎらせていた。 「それへ来たのは敵の源氏か」 とつぜん、舳みよし
の一隅いちぐう で、こう烈しい声がする。 白い春の星影に、相互の輪郭が、おぼろげながら、見てとれた途端とたん
であった。 「おおさ」 声の下に、弁慶はやや前に躍り出て、 「これは、このたびの追討の大将軍源判官げんほうがん
義経よしつね の殿にておわす。われは郎党の武蔵坊弁慶とは申すなれ。──
すでに平家も今日の戦に亡ほろ
びつくし、一門泡沫うたかた と化け
し果てたるに、なお何者なれば、わずかな数を恃たの
んで醜みぐる しゅうは潜みおるか。死に迷うている者なれば、いで、弁慶が死なしてくりょうず」 「・・・・・・」 「それとも、力は尽き、海へも死ねず、ただ、命一つを助からんとする者か。降伏せんとの願いなれば、太刀長柄なんどの打ち物を積んでそれへ差し出し、同勢首をそろえて躄いざ
り出よ。そしてまず判官どのを拝したてまつれ」 と、誘った。 |