ちょうど、時忠のことばが、終わったときである。 舷側の下から、渡辺源五眤
が、異様な昂奮を顔に持って、上がって来た。 そして、ひざまずいて言うには。 ── たった今、熊手くまで
にからめ救い上げた一女性を、義経の大将船に移して、さっそく介抱して上げていたところ、同様に救い上げられていた辺りの女房たちが、その女性の仮死状態な美しいお顔をひと目見るやいな
「── あらもったいなや、みかどのおん母、建礼門院にましますものを。むざたる粗相そそう
なせそ。手荒になし奉るな」 と、声をあげて泣き伏したので、初めて、源氏の輩ともがら
も、さてはと知ったようなわけであったという。 で、とりあえず、眤むつる
は、その報告と、さしあたっての指図を仰ぎに来たものだった。 悲愁をふくむ救いの色が、たれの眉にも、心の影となって、浮かんで見える。 義経もまた、やや明るい色と憂いとを、語気に交ぜて、 「して、おん命には、別状もない御容子か」 と、眤むつる
へたずねた。 「されば、少々水をのませられて、おん眼も深く閉じ給い、一時は御蘇生ごそせい
もいかがかと案じられましたが」 「では、お気づきなられたのだな」 「大事にはいたるまいかと拝されまする」 「・・・・む。このさいのこと、にわかな薬餌やくじ
とてままならぬが、出来るだけのお手当てをしてさし上げよ」 「かしこまりました」 義経は、さらに、口忙しく問いつづけた。 「なお、みかどは?」 「はっ」 「みかどのお行方は、まだ波間より探りえぬか」 「仰せをこうむったわれらを始め、諸勢の船も、伝え伝えて、一同躍起となって続けておりますが」 「ゆめ、これまでと、あきらめまいぞ。夜を徹しても、玉体をお捜し申し上げよ。かたがた、神器の二品も、二位どのが身に帯びて沈みたりとのこと。夜にはいるも、船陣解くな。潮の底の底までをかき捜せと触れ渡せよ」 「心得まいた」 渡辺わたなべ
眤むつる は、すぐ去って、下の小舟へ降りて行った。 |