〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-T』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十四) ──
だんうら の 巻

2014/06/21 (土) せい そう (一)

平大納言時忠は、その日、臨海館あと を出て、赤間の東はず れの一漁村に、早くから身をひそめていた。
前夜来、阿波民部の郎党、数十名が、彼の身辺を守ってい、子息の讃岐中将時実も、串崎から戻った後、終始、父のそばにいる。
連れの弁慶は、早や沖へ去った。
「はて、どうしたのでございましょう?」
時実は、たえず父の面をうかがった。── その父も、刻々に傾く陽脚ひあし に、憂いを濃くして、むなしい沖を、あんたんとただ、凝視していた。
「阿波の者、舟は何艘あるか」
「小舟三ぞうしかございませぬ」
「こう、待ち暮せど、沖の便りはついにないか。むなしく、夕となり、夜とならば、悔ゆるも及ぶまい。・・・・時実、これやなんとか、思案をかえずばなるまいて」
言っている時だた。── 待ちかねていたそつつぼね からの秘使が、一そうの小舟の底に身を伏せてここに着いた。
いで来た一兵は、局が日ごろ目をかけていた郎党だろう。が、大事な文は、一女性の肌に持たせて寄こしたのである。
彼女は、舟底に身を伏せ、上からとま をかぶっていた。見れば、治部卿じぶきょうつぼね の姪で龍田たつた典侍てんじ という気丈な女性であった。
時忠は、ぎょっとした。
なぜならば、治部卿ノ局は、権中納言知盛の義妹である。つながる縁の女子であれば、早や知盛の知るところとなったかと、事の破れに、と胸を突かれたからだった。── けれど、龍田ノ典侍の話を聞いて、ほっとまた、胸なで下ろしたことでもあった。
「みかどのお側に残っている女房がたは、そつつぼね のお打ち明けをうけ、みかどのおん命だに安かるものならばと、ひたすら、心を一つにしておりまする。神仏のおん手を待つように、奇瑞きずいあら われがあろうことを、暗い船底にて、ただただ、祈りおうておりまする」
龍田ノ典侍は、そう言った。
それすら、上わの空に聞きつつ、時忠に手は、妻の密書をひら いていた。さしも剛愎ごうふく な時忠すらも、指に、かすかなふるえを見せた。時実も気が気でない。
「ち、父上・・・・。吉左右、なんと見えまするか。母君のその御書状には」
「おなじ御船には、二位どのが乗っておられる。伊賀平内左衛門、越中次郎兵衛盛嗣もりつぐ など、 内大臣おおい殿との から旨をうけた目付人めつけびと も守っている。その中でのこと。密使を出すもむずかしゅうて、ずいぶん、 そつ も心を砕いたらしいぞ。・・・・が、詳しいことは、いま話しているいとまはない。すぐ、それへ参ろう」
「では、それのおん在所ありか も」
「分かった。── 帆桁ほげた に掲げた細き黄旗が目印めじるし とある」
「やれ、それなれば」
仔細しさい 、ただちに、阿波民部どのへ知らせ、また、阿波どのより判官どのへ、即刻の報を頼みたいぞ。── 三艘のうち、一艘はその由を持って、先に急げ」
彼の言下に。
すぐ、阿波の郎党三名が、先へ沖へ出て行った。
時忠父子は、自分たちの隠れていた漁夫の家へ、龍田の身を託し、二艘の小舟に乗りわかれて、すぐ沖なる乱軍のうちへ、まぎ れ入った。── で、当然、時刻からすれば、義経は自船を捨てて小舟に移ったころよりも、時忠父子の方が、だいぶ早くに沖へ出て、空の黄旗を、さまよい捜していたわけである。
── が、それよりも、なお少し前のこと。
檣頭しょうとう に黄旗の見える船御所の横へは、幾艘もの小舟が黒々と寄っていた。同時に、ゆゆしげな人影の幾つかがその船上へ登って行った。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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