「黄旗
はどこに?」 「どれが、みかどの紛れおわす、秘船かくしぶね
か」 自船を捨てて、三艘の小型な熊野舟へ乗り分かれた義経以下の面々は、血まなこで、敵中にただそれだけを捜し求めた。── 今は、その黄なる旗一つのあり所に、全海域の船合戦も、収縮された形であった。 すでに断末魔の相そう
をみせた平家方の船々ふねぶね
は、義経の行動にも気づかず、わが身わが身のさいごにあわてているのか、右往左往な船影の乱れのうちに、ただ、叫喚を空しくしているだけだった。 しかしその間を縫い、たちまち、一群の軽艇が、義経の舟へ迫って来、 「そこなるは、敵の大将判官ほうがん
と見たが、ひが目か。われは平家の能登守ぞ、教経なるぞ」 潮けむりのうちから、叫びかける者があり、 「捜していたぞっ。── 判官逃ぐるなかれ。能登の前に名乗り出でよ」 と、つづいて喚おめ
くのが、近づいた。 敵も十数艘、こなたも幾艘。どの上で、どの顔が、声を発したのやらも分からない。 だが、義経を守り合う面々は、能登と名を聞いただけでも
「すわ ──」 と、あらたまった戦気を持った。 その中では、岩国次郎兼秀がひとり教経の顔を知っていたので、 「油断あるな。能登どのは、あれよ」 と、指さして、味方の者へ教えていた。 そのとき、びゅんっと、敵の近矢が、兼秀の胴へ当った。矢は跳は
ね返ったが、兼秀は舟べりを踏み外はず
し、味方の足もとへ、ひっくり返った。 熊井太郎、水尾谷十郎のふたりは 「よい敵」 と、武者だましいに膨ふく
れたが、彼へ近づけぬ間に、江田源三が先んじて、熊野舟の尖とが
った舳みよし から、教経の舟へ跳とし
び込んで行き、 「見参っ」 とばかり、長柄の一颯いっさつ
を、横に描いたが。が、空を打ったようである。 ざっと、高い飛沫ひまつ
が、とたんに揚がった。源三の姿はなく、次の千葉ノ冠者胤春が、教経へ組まんとしていた。しかしこれも海中へ振り飛ばされた。 教経の小舟は、血で染められ。そしてはまた、潮の水玉で洗われた。挑いど
んで行った東国武者は、例外なく、彼の大薙刀にかかり、命を落すか、蹴落けおと
された。まったく、近づきえない概がい
があった。 |