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義経は、ふたたび敗れた。 敵の意表に出た急襲なので、初めは平軍をかき乱し、かなりの犠牲を敵に出させたが、もともと、逆潮に向かい、無謀を知っての攻勢である。長くはその利も続くはずがない。 加うるに船戦
は、田野浦前面のむずかしい湍潮せしお
をめぐって行われた。梶原が苦闘した朝の一戦とおなじ轍てつ
を繰り返したのもふしぎはない。 やはて旗色は振わず、源軍は、湍潮の自然力に大きくうごかされ、四分五裂になってしまった。船力の集中など思いもよらない。いわば烏合うごう
の兵となった。 水利に明るい平軍は 「時こそ」 とばかり攻勢に転じ、追っかけ追っかけ、個々撃滅のかたちに移った。 ── が、すでにその徴が現れたころ、義経は疾と
く 「総勢退け」 を命じていた。螺ら
や鉦かね が、船から船へ、騒然と退却を伝え合い、白旗を伏せ、逃げ帆を揚げて、乱れ退いた。 「さても、なんたるぶざま」 「戦いくさ
上手の判官どのも、船戦ふないくさ
では、陸くが における面影もない」 「なんと無念な」 「二度まで敗れを重ねるとは」 どの船上でも、東国武者の荒っぽい声と、口惜しさに燃えている顔がいっぱいに見える。 陸戦では
「たとえ、味方は退くとも」 と、踏みとどまって、頑張がんば
る勇者も見られるが、海上では、しょせん、無意味な沙汰である。地だん踏んで、敗走をともにするしか途みち
はない。 「そもそも、判官どのは、午うま
ノ刻こく まで待て、午ノ一点こそ総懸りの時ぞ、などと言われていたが、何のための潮待ちであったの」 「わざと敵へ当って、いよいよ、敵の気鋭を誇らせたようなものでしかない」 「心得ぬ御指揮ではあるぞ」 「梶原どのの口真似くちまね
ではないが、かくては、天性、将器のお人ではないのだろう。その奇略とやらも心もとない」 「何せい、お若い、お若い。船戦は陸きが
とは違う」 「とかく一昨夜から、二の足ばかり踏まれておる。御自身は、しかとした戦略もなく、ここへ来て、平家の威容に気をのまれたのではあるまいか」 船と船とに分かれているので、非難もごうごうたる高声である。わけて、鎌倉直参の家人たちは、そう義経を恐れていない。むしろ梶原に迎合的な声すら聞こえる。 ただ、さすが義経の旗艦だけは、静だった。彼の耳を恐れるのではなく、ここには、彼の股肱ここう
の郎党が多かった。たとえ、鎌倉家人の武者にしても、もな心から義経に服していた。 「三郎、三郎。ちと船脚ふなあし
を落せ。ちと逃げ脚が早過ぎたぞ」 義経は、やぐらの上から、下に見えた伊勢三郎の頭を、のぞき下ろして言った。 仰向いた伊勢が、放胆に顔をくずして笑った。逃げ脚と言った義経の顔が、何か、おかしかったものらしい。 「いや、帆も降ろしまいた。櫓ろ
もゆるやかにと、今、申し渡しておりまする」 「そうか。この速はや
さは、まだ潮の落ちて行く力とみゆるな」 「されば、西から東への、落潮の勢いは、なお休や
んでおりませぬ」 「忠信」 と、こんどは、やぐらの角すみ
に立っていた佐藤忠信を振り向いて、 「時刻は?」 と、訊ねた。 「未ひつじ
(午後二時) には、少々間がありましょう」 「かなり長く思われたが、まだ一刻いっとき
(二時間) ほどしか経た
っていないか」 そのとき、後陣の方で、何か騒然たる雑音と声が起こった。陽ざしを按あん
じていた義経は、きっと、視線を向け変えた。見方の船列と、また逆光線のために、さだかに見えなかった平軍の船影が、こっちへ向かって、黒々と近づいているのであった。 「しゃつ、敵の追い討ち」 忠信が大声で言う。 櫓下へも、伊勢三郎、千葉胤春、水尾谷十郎など、だだだと、駈け集まって来、 「わが殿、わが殿。敵は船勢残らずそろえて、追い討ちかけて参りましたぞ」 「平家の、これまでとは打って変わり、田野浦を後ろに捨て、大挙、攻めに転じて来る様子」 「なんとも物々しく見えまする。勝ち誇って、お味方の引き脚を、さらに撃って撃ちのめさんと、追い迫って来たに相違ありませぬ」 やぐらへ向かって、口々に彼らは叫んだ。いや、義経の結ばれている唇くちびる
から出される次の命令を、早くとせがむが如き声だった。 |