ところが、まだ陽も中天と見えるのに、果然、敵は直進して来た。 それも、朝方の一戦と違い、全水軍の敵の舳
が、田野浦の一点をさして向かって来る。早くも、彼の軽舟の先鋒せんぽう
は、平軍の船と船の間を縫い、 「あれぞ、お座船」 「あの唐船からふね
こそ」 と、日月じつげつ
の幡ばん めがけて、むらがって来たのである。 平家の応戦が遅かったのは、知盛の誤算にも因があるが、あいにく午ひる
の兵糧時ひょうろうどき とて、兵が皆休息していたためでもあった。 わけて、今しがた、黄旗の秘船から、あわてて小早舟こばや
を漕ぎ返して来た能登守教経は、われから敵の矢ごろへかかって来、 「しまった」 と、眼に余る敵勢に、髪逆立てた。しかし櫓座ろざ
の者へは、そのまま、必死に櫓ろ
を急がせた。 しかし、彼の帰ろうとする船は、源氏の目標になっている唐船である。まず敵の重囲を先に破らなければ、わが巣へ帰ることは出来ない。もちろん、教経は覚悟だ。それを無視して、敵舟の中を通りかけた。 その不敵さに、敵の船手も、 「や、や。あれや味方か敵か」 「敵にしては?」 と、疑い惑った。 もとより能登守教経とは知るはずもない。──
が、やがて近く寄った串崎舟の一隻は、教経の舟と接しるやいな、たちまち真っ白な飛沫ひまつ
を立て、血のひらめきの下にばたばたたおれ、見る間に、人影もなくなってしまった。そして、その空舟は、吸い込まれるように、渦潮の眼の中にぐるぐる弄もてあそ
ばれた。 「おうっ、敵よ。あの装よそお
いは、平家のうちでも、名ある者にちがいないぞ。あれ遁にが
すな」 源氏の先鋒に、大船は見えなかった。大型の船はまだここまで着いていない。串崎舟、熊野船など、脚の軽い兵船だけが、まず、平軍のふところを撹乱かくらん
するため、中軍ふかく、潜航していたのであった。 |