「お。・・・・ここだな、臨海館とは」 時忠は、再び、立ち止まった。 異国の客をもてなす迎賓の公館は、北陸にもあり、都にもある。有名な鴻爐館
など、それであった。 ここの臨海館も、かつての日には、宋朝そうちょう
の使節や高麗こうらい の客が、貢みつ
ぎのことや、貿易上の商談などで来朝するごとには、さぞ賑わったことだろうと思われる。 が、いま立ってみれば、ほとんど荒廃しきっている。もちろん、たれ住む人とてないらしい。 「いざ、こなたへ」 兵の頭かしら
は先に立って行く。 「人はおるのか」 「おりませぬ。もしおれば、浮浪の徒か、戦を避けている女子どもか、いやそれも、こんな不気味な古館にはおりますまい」 「広いのう。棟むね
ごとの廂ひさし もみな朽ちてはおるが」 「狐狸こり
の住家とは、かくの如き物を言うのかも知れませぬ」 「はははは。仮のねぐらをここに求めて来たものも、人間の狐狸こり
の類たぐい と見られような。能登やspan>内大臣おおい
の殿との にいわせれば・・・・」 返辞に困ったものとみえ、兵の頭は、それなり黙って、なお奥まった所へ、踏み進んで行った。 見晴らしのよい
── といっても視界は一望暗黒の壁だが ── 一室を見とどけて来て、兵の頭は、 「当座、ここにおわせられませ。ここは、崖がけ
の大樹の陰ではあり、どこからも、ちょっと気づかれぬ一間でもございまする」 「ここか」 と、時忠はすわってみて、 「いや、島の牢舎にくらぶれば、荒れてはおれど、金殿玉楼といってよい。わけていながら小瀬戸、大瀬戸。東には早鞆はやとも
ノ瀬戸まで、一望にできる」 「では、兵五名を外に残しおき、あとの輩やから
は浜辺に出て、何かの変へん あるごとに、使いを走らせますゆえ、さようお心得おきを」 「大儀だった。手枕でひと休み、寝ておきたい。海上に変が見えたら、ただちに告げてくれよ」 「心得ました」 「それに、時実と、介すけ
の行った先だが」 「は」 「彼らの吉左右も、案じられる。首尾よく、早鞆ノ瀬戸を越え出たかどうか」 「その儀なれば、磯づたいに、壇ノ浦まで、物見を放てば、すぐ知れましょう。追っつけ、そのことも、これへお伝え申し上げましょう」 兵の頭は、部下五人ほどを、附近の林の中に残し、元の道を、駆け下って行った。 |