「だが、能登のそれと、わしの思慮とは、千里も違う。いくたびか、腹打ち割って、説いてみんとは思うたが、しょせん、千里のへだては、年齢
の差、世の見方の差、宇宙を観み
る眼の違いでもある。かつまた、 内大臣おおい
の殿との
(宗盛) という後うし
ろ楯だて もあれば、力及ばず、ついに今日に至ったが、今日まで、能登の仕方を、恨みに思うたことはないぞ。・・・・たださほどなまでの平家思いを、なぜ、もっと雄々おお
しゅう美しゅうせぬか。他をかえりみず花々と散ってゆかぬか、それを惜しむと、申してくれい」 「おう。おつたえは、それだけか、世迷まよ
い言ごとよ は」 「それだけぞ」 時忠は、はっきり語を切って、眼を澄ました。 「立ち帰って、まずそう伝えよ。──
そして、出直して参るがいい」 「ば、ばかなことを」 「いや、わが一命も平家のため、生きねばならぬ。能登に申せ、せっかくなれど、首はやれぬと」 「さては、今までの繰り言は、一とき遁のが
れの雑言ぞうごん よな」 「いや、雑言ならず、汝らをして、わが意を伝えさせるためのものぞ。──
よう解わか って、帰る者は許そう。理不尽な刃やいば
をかざし、そこの縁を踏みのぼらば、許しはおかぬ」 「くわっ、聞いたか、おのおの」 と、鬼藤次は、まわりの仲間を振り返って、 「いわしておけば、この腹ぎたない裏切りの醜殿しこどの
が、よくもよくも吐ほざ いたぞ。いっそ殺すには殺しよいわ。──
かかれっ、ねじ伏せて、父子二つの首をかっ切って取れや」 と、猛たけ
った。 まっ先に、その鬼藤次が、飛獣のように、縁へ跳び上がったが 「あっ ──」 と顔を抑え、後ろへ、もんどり打っていた。時忠の手から、咄嗟とっさ
に何か座辺の器物が投げられたものらしい。 「それっ、起た
つぞ」 ほかの刺客輩しかくばら
も、どっと、同時に縁を踏みかけた。 一瞬に、内の灯は消え、そこは真っ暗になったが、 「父上っ」 「時実」 呼び交わしつつ、太刀の鞘さや
を払って立った二人の影は、あきらかに見てとれた。 ところが、第一撃の震動は、思わぬところから不意に起こった。彼らの攻勢とは正反対な背後うしろ
の方であった。地面を乱打する踵かかと
の音とともに、すぐ二、三の武者が絶叫をあげ、大地にうめきたおれていたのである。 「やや?」 解げ
しようもない彼ら自体の戸惑いだった。狼狽ろうばい
が、逆渦さかうず を巻いた。 ──
が、その一瞬にさえ、後ろでは、つぎつぎ幾人かの死者や傷負ておい
いが血の下になった。当然、鉾ほこ
を転じた彼らは一つの焦点へ白刃を集めた。しかし、どんな相手なのか、まだ分かっていない恐怖と自警から、大きな空間を開いて、 「な、何者だっ?」 とただ、遠くから、わめきあった。 白刃の輪の中には、一個の男の影が、浮いていた。小具足だけの、ただの雑兵姿に過ぎない。が、すでに幾人かを足もとに屠ほふ
った陣刀を片手に、顔は、半首はつぶり
を被つ けてい、たくましい肩幅は、岩壁に似ていた。またその両足も、たびたびの戦場を賭け歩いた者でなければ持ち得ない不敵な不動身を作って大地をしっかりと踏んでいた。
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