〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-T』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十四) ──
だんうら の 巻

2014/05/11 (日) 前 夜 変 (二)

ずかずかと、灯影の先へ出て、時忠の視線の前に、突っ立った武者がある。
権五郎兼丸でもなし、吹田次郎すいたのじろう でもなかった。
この手の者のかしら と見えて、
「さらば、物申さん」
と、内へ向かって、傲然ごうぜん と答えた。
「── やみ討やみ討ちと仰せあるが、だま し討ってお首を挙げんとは致さぬ。また、理由ことわけ いかにとのおただ しなれど、それこそ。お胸に問い給え。人に かずとも、御自身のお胸のうちに」
「だまれ。── なんじは、たれか」
「お察しの如き者で候。すなわち、能登守どのの船手にありて、一艘の櫓座ろざかしら をうけたまわる八坂やさかの 鬼藤次きとうじ と申す者」
鬼藤次ずれの雑色ぞうしき をさし向け、時忠の首を申し けんなど、すでに能登の企みには、理も非もない。日ごろの礼も忘れ、平家の先を思うわきまえも、見失ったか。立ち帰って申すがよい。能登は能登の死所に け、時忠は時忠の生に就かんと」
「しゃつ、そのお首も受けず、むざと帰られようか。以前は、なんであれ、御一門の指弾しだん をうけて、離れ小島の牢舎に捨てられた囚人めしゆうど 同様な御父子ではないか。いうならば、その御一門でありながら、源氏へ心を通わせ、ひそかに二心ふたごころ を抱く憎きお人。── このうえ、未練を構え給うなら、是非もおざらぬ。騙し討ちには仕らねど、ねじ伏せてお首をいただくまでのこと」
「そうせいと、能登のさしずか」
「おろかな訊ねを」
「あわれや能登。最後の大戦おおいくさ に臨まん前に、はや逆上を見せしよの。── 平家に殉じて死なんとの信念ならば、それも立派ぞ。なぜ他を顧みるか。われ一個では、いさぎよ く笑って死所へ けぬのか。・・・・女童めわらべ からこの無用人までを、ことごとく死神しにがみ の手に抱き込ませ、ともに死なせねば、わが身も死にかねるような小さい量見でいるとみゆる」
「な、なにを」
「待て、鬼藤次。今の一言を、しかと能登の耳へ告げよ。能登にとっては、時忠は叔父、年もはるかに上、彼が一途いちず雄心おごころ は憎みも得ぬ。・・・・いやいや、人は能登を、ただたけ き荒公達とのみいいはやせど、心根のすぐ さ、武士ますらお らしさ、叔父のわれもひそかには、よいおい かなと、心ではたた えておったるぞ。時には れとも見るほどに」
「・・・・・・」

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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