ずかずかと、灯影の先へ出て、時忠の視線の前に、突っ立った武者がある。 権五郎兼丸でもなし、吹田次郎
でもなかった。 この手の者の頭かしら
と見えて、 「さらば、物申さん」 と、内へ向かって、傲然ごうぜん
と答えた。 「── やみ討やみ討ちと仰せあるが、騙だま
し討ってお首を挙げんとは致さぬ。また、理由ことわけ
いかにとのお質ただ しなれど、それこそ。お胸に問い給え。人に訊き
かずとも、御自身のお胸のうちに」 「だまれ。── なんじは、たれか」 「お察しの如き者で候。すなわち、能登守どのの船手にありて、一艘の櫓座ろざ
の頭かしら をうけたまわる八坂やさかの
鬼藤次きとうじ と申す者」 鬼藤次ずれの雑色ぞうしき
をさし向け、時忠の首を申し請う
けんなど、すでに能登の企みには、理も非もない。日ごろの礼も忘れ、平家の先を思うわきまえも、見失ったか。立ち帰って申すがよい。能登は能登の死所に就つ
け、時忠は時忠の生に就かんと」 「しゃつ、そのお首も受けず、むざと帰られようか。以前は、なんであれ、御一門の指弾しだん
をうけて、離れ小島の牢舎に捨てられた囚人めしゆうど
同様な御父子ではないか。いうならば、その御一門でありながら、源氏へ心を通わせ、ひそかに二心ふたごころ
を抱く憎きお人。── このうえ、未練を構え給うなら、是非もおざらぬ。騙し討ちには仕らねど、ねじ伏せてお首をいただくまでのこと」 「そうせいと、能登のさしずか」 「おろかな訊ねを」 「あわれや能登。最後の大戦おおいくさ
に臨まん前に、はや逆上を見せしよの。── 平家に殉じて死なんとの信念ならば、それも立派ぞ。なぜ他を顧みるか。われ一個では、潔いさぎよ
く笑って死所へ赴ゆ けぬのか。・・・・女童めわらべ
からこの無用人までを、ことごとく死神しにがみ
の手に抱き込ませ、ともに死なせねば、わが身も死にかねるような小さい量見でいるとみゆる」 「な、なにを」 「待て、鬼藤次。今の一言を、しかと能登の耳へ告げよ。能登にとっては、時忠は叔父、年もはるかに上、彼が一途いちず
な雄心おごころ は憎みも得ぬ。・・・・いやいや、人は能登を、ただ猛たけ
き荒公達とのみいいはやせど、心根の直すぐ
さ、武士ますらお らしさ、叔父のわれもひそかには、よい甥おい
かなと、心では愛め で讃たた
えておったるぞ。時には惚ほ れ惚ぼ
れとも見るほどに」 「・・・・・・」 |