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時実は、父の冷静な制止など、耳にも入らないふうだった。 この親へ、ふたりとない父へ、危害を加えようとする敵への、それは本能的な子の反撃と守りであった。また相手の卑劣
手段へのいきどおりでもあった。生命の明滅に迫る時の生き物に見られるあのあのなんとも言えない全身をそそけたてた形相ぎょうそう
が、日ごろやさしい時実にも見られた。 「・・・・すわれと申すに」 父の時忠は、その子の姿へ、かさねて、こう叱咤しった
をかぶせた。 「下におれ、時実。おれが、こうしておるのに、なぜすわらぬ」 「はっ。・・・・」 やむなく、腰を落したものの、手は刀の柄つか
ら離れていない。縁をへだてた外の闇を睨にら
まえ、そこらの獣じみた眼光の持主や刃やいば
の影へ、なお油断はしなかった。 ── だが、時実はすわっても、その凶刃と鬼影を、あからさまにした刺客どもは、相手の言葉などに、耳はかしていないだろう。それは時実も覚悟し、時実も予期している。ひとたび、彼らの土足が縁を躍り上がって来たらそれまでという観念を前提として、父子とも、無抵抗の意志を並べて見せたのである。いや時実の方は、終始、自若じじゃく
たるままの父に倣なら って、からくも、自分を抑えていたというべきであった。 「・・・・・・」 すると、張りつめたこの空間に、とつぜん、些細ささい
な気配けはい が動いた。 縁のはずれであった。そこから、内の灯をうかがいつつ、抜刀ぬきみ
を背へひそめて、そろ ── と、はい進みかけていた刺客の一武者がある。 ── と、逸いち
早く、時忠の眼が、はたと睨ね
めすえた。すると武者は、にわかに、ためらいを示し、大きな尻しり
を、意気地なく、再び後ろの仲間の蔭へ、もそもそ後退あとずさ
りし始めていたのだった。 「兼丸かねまる
ではないか。いま、しゃっ面つら
を見せたるは、伊丹権五郎いたみのごんごろう兼丸かねまる
に相違あるまい。兼丸、ここへ出よ」 それへ向かって、時忠が、咄嗟とっさ
に浴びせたのをきっかけに、闇の中で、具足と具足の影がザザと金属音を立てて揺れ合った。 「── 懸かか
れっ。なにを猶予」 たれかが、そこらで、こう怒鳴る。 だがなお、無下むげ
におどり上がって来る者はない。閃々せんせん
と白い凶刃が、依然、時忠の居室を包囲しているだけであった。 時忠は、また、言った。 「喚わめ
いたる声の主ぬし は、吹田次郎すいたのじろう
吉勝よしかつ よな。吉勝、面つら
見せよ。兼丸これへ出よ。── いかに紛まぎ
れおろうと、日ごろ、見覚え聞き覚えある汝らを、など、知らずにおるべきや。これへぬかずき出て、物申せ両人」 「・・・・・・」 「下臈げろう
の分際ぶんざい にて、時忠父子を、やみ討ちせんなどとは、身に過ぎた業わざ
よ。さすが気怯きお じして、面もせせり出せぬと申すか。──
さりとて吉勝、兼丸もみな能登守が郎党ぞ。問わでも知れたこと。なんじらをさし向けたるは能登守教経ろ申す主人であろうが」 「・・・・・・・」 「いかなれば、この時忠を、殺さんとするか。主命の旨は、汝らも聞き及んで来たことであろう。その旨を申せ」 「・・・・・・」 もし、能登の申しこと正しくば、何とて、命を惜しもう。この首、くれてやる。だが、一の理由ことわり
も聞かず、やみ討同様な手にかかって死ぬわけにはゆかぬ。まず、聞こう。申してみよ、その旨を」 |