「やっ。芦屋ではないか。──
斬られたとは、漁小屋のそなたの老父か。たれに?何者に?」 「すぐ、ここへも参りましょう。たった今、小舟から磯へ上がって来た十人ほどの武者たちです」 「それが、なんとして」 「手に手に、長柄をひっさげて、群れ立って、時忠どの御父子お、必ず討ちもらすな、仕損じては大事ぞ、こう忍んで、一方では、こう訪れてと、恐ろしい諜
し合わせをしておりました」 「なに、われら父子を殺害あや
めんと、この島へ上がって来た刺客しかく
どもがあるのか」 「はい。・・・・そ、それを父てて
が何気のう耳にしました。あな恐ろし、娘よ、どうしようぞと、小屋の方へ、わめき帰って来ました。それが悪かったのです。すぐ恐こわ
らしい武者の一人が、この老いぼれ、生かしておけぬとばかり、いきなり長柄を振りかぶって参りました。気もたましいも消され、夢中でわたくしは逃げましたが、後ろの方でで、ぎゃっと父てて
の叫びが、聞こえました。こ、殺されたにちがいありません。讃岐さまお二方も、はようどこぞへ、身をお隠しなされませ」 「ううむ。・・・・そうか」 時実は、一瞬に覚った。その怒りを全身にたぎらせて。 「さては、能登どのか、
内大臣おおい の 殿との
が向けて来た刺客であろう。事、こう迫るからには、戦の前に必ずや、父君へ対して、何かの御処置に出るぞとは虫も知らせていたが・・・・そ、そのような下臈げろう
どもをそそのかして、われらを亡な
き者になされようとは、卑怯ひきょう
な・・・・余りといえば御卑怯な・・・・」 「あ。・・・・どこかで、物音が」 「来たか。── 芦屋、そなたたちは、なんら科とが
もかかわりもある者ではない、怪我するな、隠れていよ。どこぞへ、じっと、屈かが
まっておれ」 時実は、外へ、顔を出した。 じっとりと、春の潮の香が、面おもて
を撫な でる。それすら、不気味なほど、ここの小島の夜は、真っ暗だった。 星の下へ立ってみた。何事もない。はてと、一そう油断なく、左で太刀の鍔下つばした
を握りしめながら、ふたたび内へ戻って、ふと父の居間の方をさしのぞいた。 背が見える。 さきからの姿のまま、父時忠は、縁先の闇へ向かって、じっと、すわっている容子ようす
なのだ。 小さい灯影が、揺れもせず、その側にともっている。── それの明りが、外へ流れていなかったら、時忠が闇の中に、何を見ているのか、時実にも悟れなかったことであろう。 「あっ」 時実は、駆け寄って行った。 見ると、十人余の武者が、縁先をやや離れた所の闇に、抜刀ぬきみ
をさげ、長柄を構え、今にも躍り掛からんばかり、ただ一人の時忠を 「── 逃がさじ」 と、取り囲んでいたのだった。 ── は、主人はたれにせよ、平家の郎党たちだ。時忠が、かつては平関白へいかんぱく
ともいわれた一門の長上であったことを知らぬはずはない。 しかも、時忠は、立ち騒ぐ様子もなく、ただじろと、そこの床上しょうじょう
から睥睨へいげい をくれているだけなので、下臈げろう
たちは、なおさら、鋭気をくじかれている風であった。 「騒ぐまい。── 騒ぐまい」 時忠が静かに叱ったのは、闇の中の凶暴な眼の群れへではなかった。──
庇かば うが如く、わが身のそばへ来て、父に代り、斬り死にせんものと、息あらあらと、突っ立ったわが子の姿へであった。 「時実、まあすわれ、落ち着くがよい。・・・・何か、物々しげな下臈げろう
どもが、それへ来ておるようだが、まだ何も話は聞いていないのだ。訊いてやろう。時実、お汝こと
もそこのすわって静かに聞いてやるがいい」 |