〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-]』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十三) ──
うき の 巻

2014/04/28 (月) つく こう はく (二)

太宰少弐だざいのしょうに 原田種直の仮屋は、島の南端、田ノ首の浦にある。
筑紫つくしくみ と呼ばれていた。
山賀党、松浦党などの筑紫組の多くは、船上にあったが、原田党だけは田ノ首に営をおいて、本軍と海上との連絡や補給の継ぎ目になっていたのである。
夜明け方であった。
そこの営所へ一隊の将士がどやどやと混みいって来て、 「少弐どのは、まだ寝所か。寝屋ねや はどこか」 と、たずねまわり 「原田どの、 でられよ、 内大臣おおい殿との の召さるるぞ」 と、大声で呼ばわったりした。
その様子が、いかにも無礼であり荒々しい。種直の家臣らは、不審に思って、
「お迎えなれば、異議ののうまか るものを、何ゆえのお騒ぎ立てぞ」
と、問いただすと、一人の将は、
御諚ごじょう なれば、御諚のままに振る舞うのみ。委細は、福良ふくら の御所へまかれば知れよう。 う、われらとともに参られい」
と、一そう威猛高である。
はしなくも、味方喧嘩げんか となりかけた。双方とも気は立っている。あわや血も辞さないものが見えた。
騒ぎを知って、種直もここへ姿を見せ、部下をなだめるのに骨を折った。柵の附近から浦へかけて、廃船の残骸ざんがい やら食糧の俵やつと やら、軍需の物が、山をなして散らかっていた。その中での出来事である。ひとたび、同士打ちでも始めたら、収拾はつかない。
「おそらく、何かのお間違いであろうよ。お目にかかれば分かること。構えて、雑言をつつしみ、種直が帰るを待て」
言い残して、彼は、迎えの将士に囲まれて行った。周囲三里の島だが、田ノ首から福良へは、北の小高い岡を越えて行き、道もさして遠くはない。
福良の陣館じんやかた の柵を入ると、種直の身辺には、一そう武者たちの警戒的な眼がつきまとった。しかも、通された所は、とばり の床几ではなく、ふだん武者だまりとなっている大床おおゆか であった。
正面には、宗盛が着座してい、めずらしく修理どの (経盛)門脇かどわき どの (教盛) まで居ながれている。── また横の列座には、侍大将たちの首座に、能登守教経が、きびしい気色を眉に沈めて、すわっていた。
「・・・・?」
これはなんたる景色か。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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