宗盛は、弱々となたたく灯のそばに、彼女の余りにも清げな黒髪や肌の白さを見て、ここが恐ろしい死の戦場を支度しつつある所かと、ふっと、疑われた。そして、それにはなんのかかわりもなく、この妹の年齢が数えられた。肩の痩
せこそ目につくが、久しい流亡にも、年にも、少しも削り取られない麗瓏れいろう
の美に、かえって、不愍ふびん
さが増すのであった。 「いや何、ほかでもありませぬが」 宗徳は、明朝、かたみ送りの使いを、密かに都へ出す旨を告げて、 「もし、都のたれかへ、名残の御文をおつかわし遊ばすなれば、ともにその使いへ、秘め持たせてつかわしましょう。先帝高倉の君の御陵ごりょう
のみ寺清閑寺へ、永代御供養の料に添えて、もし、おん黒髪の端など納められたい御心なれば、それも、取り計らわせまするが」 「・・・・はい」 女院は、素直に、うなずかれたかのようであったが、じつは微かに、お顔を振っていたのである。 「わざわざのお心づかい、うれしゅうございますが、もうそれらのことも仕すませて、都の空へは、何の心残りもありませぬ」 「ほう、では、すでに都へたれぞを、おつかわしになりましたか」 「小松の新三位しんざんみ
どの (資盛) が、かねていい交わしてある都の女房へ、今生こんじょう
の別れぞと、家の子に、かたみを持たせ、密かに都へ放ちやると聞きましたゆえ」 「小松どのがいい交わした女房といえば、以前、女院の許に仕えていた右京大夫うきょうのたいふ
ノ局つぼね ではありませぬか」 「そうです、右京大夫と資盛の卿きみ
とは、人もうらやむほどな仲でした。それに、この身の側に仕えていた小女房ですゆえ、よう気心も知れておる」 「ではお心じたくも、今は早やおすましよの」 「ええ、ひたすら、御仏のみこころにまかせて、その日を待つばかりでございまする」 「よいお覚悟」 宗盛は、そう言ったが、どこか手持ちぶさたであった。 せっかくの好意が、無駄であったばかりでなく、彼女のどこかに、その覚悟とは似つかわしくない、よそよそしさが、見えたからである。こうして、ひとつ夜を、ひとつ陣にいても、いつ敵が来るか分からない。そしていつこのまま会えない修羅しゅら
の終わりを告げるかも知れないのだ。もっと、つきつめた黛まゆ
と哀別の眸が、妹の容顔かんばせ
を濡らしていそうなものだと思う。 彼は疑った。彼特有な嗅覚きゅうかく
が、やがて、見つけたといってよい。 簾す
の外の、長い板橋をへだてた坪向こうに、もう一棟ひとむね
の仮殿かりどの がある、二位ノ尼の宿所だった。そこの灯に、何か密やかな人影が見えたのだった。 「・・・・?」 いま、女院との話に出た資盛らしい影があるし、知盛もいるらしい。
「・・・・ははあ」 と、彼はうなずいた。 女院も今まで、その席にいたのであろうが、自分の訪れに、座を抜けてここへ出て来られたに違いない。 「それにしても、この宗盛をのぞいて、たれとたれが、尼あま
ノ公きみ を囲んで、何を語ろうていることぞ」 宗盛は、むっと、不満をいだいた。──
そう見直せば、どこかよそよそしげな女院の御容子も、謎は解ける。尼御所の人影を、女院は自分へ憚はばか
っておられるのだ。と宗盛は、解釈した。 |