「ところで、源氏の船数は、ほぼどれくらいかの。黄門どの、其許
の見とおしは、まず、どうじゃな?」 宗盛は、片時も黙っていない。 沈黙が続くと、満座の中に、何か、不吉な考えを忍び込ませるような重苦しいものが、降りてくる気がするのである。それが不安に見え、自分も不安にかられて来るからであった。 わかて、能登守の眸め
など、ぎらぎらと、始終、座の面々を見わたしてい、その視線が自分へ来ると、宗盛は、彼の眼に、鞭むち
を感じた。 「さ。・・・・」 と、知盛は、口重く、問者の宗盛が最も忌い
み嫌う沈黙をじっとつづけていたが、ようやくそれに答えた。 「── 源氏は、およそ八百艘に近いでしょう。昨日の我と彼の力とは、今日、明らかに逆になっておる」 「えっ。そ、そんなに多いであろうか。いずこの海を狩りたてようと、そうほかに船はばいはずだが」 「いや、どこの津々でも、隠し船は持っております。源氏弱しと見れば、加勢もせぬが、源氏強しと見、平家は落ち目と考えれば、それらの隠し船も、争って源氏に加わり、おそらく、想像以上、勢いを増しておりましょうず」 座は、暗澹あんたん
となりかけた。 宗盛は、ふと、自分も暗い気持の中へすべりこみかけたが、分厚い体を一つ大きく身ゆるぎして、 「能登どの ──」 と、眸を向けかえ
「お許もと は、もともと、水軍の総将、其許の考えでは、どう思うの?」 待っていたように、教経は答えた。 「戦は、数ではございませぬ。おわんや、水上の合戦では」 「む。さもあろう」 「いかに、船数のみ抱えても、海に不馴れな東国勢が、その一艘一艘を自由自在に使えようとは思われませぬ。ましてここの海門うなど
の潮しお ぐせや満み
ち干ひ の烈しさもわきまえなく、ただ数を誇って来るようならば、むしろわららの望むところ。たちどころに渦潮うずしお
の魔所へ追い落とし、魚腹ぎょふく
に葬ほうむ り去るは、むずかしいことではありますまい」 教経が口を開くと、つねに、虹にじ
のような気概きがい がある。 それも付つ
け焼刃やきば の強がりではない。彼のは、それが真情であった。心から源氏を憎み、心から平家を死守せんとするほとばしりなのだった。だから、その白皙はくせき
な面おもて を、ひときわ青白くし、濃い眉をあげていう悲憤の語には、りんりんたる響きがあって、ひとり宗盛といわず、多くの侍大将や公達の魂をもつかまずにおかない魅力がある。 「げにも、能登どのがいうこと、もっとも、数ではあるまい。ましてその数とて、われにも五、六百艘の船はあること。いくらの違いでもなかろうに」
と、宗盛は、片づけて ── 「海の平家ぞ。海で敗れてよいものか。したが、これへ源氏が迫って来たときは、どう撃つ計はかり
か」 「もとより、われらも船陣を押し進め、そのおりの潮しお
あいを利して、敵を逆潮さかしお
の危地へ追い込むことを、第一の戦略とします。そのうえ、矢攻め火攻め斬き
り込みなどは、臨機応変と申すもの。・・・・のう、黄門こうもん
ノ卿きみ 」 と、知盛の方を見て、同意を求めた。 知盛は、わずかに、うなずいた。全幅の同意といった表情ではない。 彼はむしろ、守ることを、主としていた。それは、彦島砦の構築の半永久的であるのを見てもおのずからわかる。 だが、ここで功守を論じても、始まらない。まだ、敵を見ていないのだ。敵を見てのうえでいい。
── そう思案を決めているらしかった。 それよりも、彼が、磐石ばんじゃく
の安心感を持っていたかったのは、みかどの御位置であった。── 合戦にはいったさい、玉座を、どこに安んじておくかである。 また二位ノ尼や、女院や、ほか多くの女房女童めわらべ
などは、なるべく、矢かぜの外におきたい。万一といえ、それらの傷々いたいた
しい者たちへ、後ろ髪を引かれたくない。それが、肝腎ではないかと思った。 ── で、それらの打ち合わせやら、また、女院や尼公あまぎみ
の意を伺ったりしているうちに、宵もやや過ぎ、そこへその日、船島へ使いに赴いた佐伯さえきの
景弘かげひろ が、どこか、淋しげな影を姿にもって、返って来た。
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