今日も老漁夫は、娘が獲
った鮑あわび や小鯛こだい
などを竹籠たけかご に入れて、
「おなぐさみに」 と、時忠の姿が見える縁先まで畏おそ
る畏る持参した。時忠は、例の牢船ろうせん
からここへ移されてからも毎日、書見ばかししていたが、徒然つれづれ
のまま 「おやじ、まあ話してゆけ」 と、老漁夫を引き止めて、 「この小島には、元からの名はないのか。名がなくては、歌一つ詠むにも不便。── 名と申せばまた、そちの娘も、なんという名ぞ」 と、訊ねたりした。 「芦屋あしや
の里で生まれましたので、そのまま、芦屋と呼んでおりまする」 「幾つか」 「まだ根っからの子どもで。はい。年ばかりは、もう十六でござりますが」 「愉しかろうな、親娘おやこ
ふたりで、かかる小島に、何苦労なく暮していたら」 時忠はふと、都にあるわが娘こ
の夕花を思い出していた。親の流浪るろう
よりは、残された子の、親恋しさはと、思おも
い遣や られていたのである。 おやじは訥々とつとつ
と、言葉を続けた。問われたことには、みな答えなければ悪いように思うのか、島の名について、 「ここの小島を、土地ところ
の者は、船島とやら申しまする。いやほんとは、船虫島じゃ、浮寝島ふねじま
じゃと、人まちまちで、きまった名もあるわけじゃございませぬ」 と、ひとり言のように語っていた。 すると、娘の芦屋が走って来た。そして何か早口に父親へ告げ、急せ
き立てるように父を連れて帰ってしまった。彼ら父娘おやこ
が、時忠の軒へ近づくことは、前もって、禁じられていたことに違いない。 「はて?」 その時、讃岐中将時実も、外から父のいる縁先へ近づいて来て、 「父上、ただ今、西の磯へ二艘の船が着きましたが、いつもの見まわり舟とは見えませぬ。どなたか、常ならぬ人が、これへ訪うて来るようでございますが」 と、知らせた。 時忠も、ひそかな人恋しさはあるにちがいないが、 「およそ、待たるるほどな客が、ここに見えようとは思われぬ。内大臣おおい
の殿との か、能登どのの使いでもあろうず」 と、興もなげに、つぶやいた。 |