〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-]』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十三) ──
うき の 巻

2014/04/19 (土) こう もん とも もり (四)

「いや、過ぎたことを、どう申しても仕方がありませぬ。知盛にも、不覚はある。── 敵の三河どの (範頼) を、筑紫つくし の対岸へ追い込んだなどは、上手な戦とはいい難い。はははは」
と、自嘲のうちに、面をやわらげて、
「能登どのが申すはもっとも、明夜ただちに、一門同座のうえ、大評議をとへ申そうよ。・・・・したが、一門のたれひとり欠けてもなるまい。お病気いたずき と伺うが、平大納言どの (時忠) にも、明夜は、たってお出ましを乞うことにする」
「あっ、いや。・・・・それは」
「はて、能登どのが、また何を?」
「大理どのには・・・・」
「大理どにには?」
「おいたずきも、なかなか、かろい御容体ではございませぬ」
「なんの、軍議の座に、寝たままおわせられるも、よろしかろう。── わが平氏一族にとって、これが最後のつど いとなるやもしれぬこと」
「でも」
「なぜに、能登どのは、さは迷惑顔を見するぞ。。歩めぬほどな御病人とあらば、この知盛が、背に負いまいらせておつれせん。およそわが一門にして、知らざるはあるまいが、平大納言こそは、故入道どのの義弟君おととぎみ 、おん国母や、われらにとっては叔父の御方。そのお人をよそにおいて、平家の浮沈を議するわけにはまいらぬ。内大臣おおい殿との には、どう思し召されますか」
気の弱い宗盛には、それに抗弁する勇もなかったし、なおのこと、虚言のうえ、虚言を構える智恵も出なかった。
「それや、大理どのにも、おいで給わるにしくはないが・・・・」
と、そどろもどろに、答えてしまった。
知盛は、能登守を相手にせず、
「── では、明夜こそは、ぜひ平大納言どのにも、御出座を乞おう。お見舞いがてら、知盛自身、お船へ伺うて、おともな い申してもよいが」
と、宗盛との間だけで、そのことを、取り決めた。
宗盛には、もう、どうにもならない。ただ、うなずくか、教経のことばを待つしか、試案もなかった。
すると、座の一隅いちぐう から、
「そのお迎えには、わたくしが参りましょう」
と、申し出た者があった。
見ると、それは数日前に、安芸国から一族を引き連れて、この彦島へ せ参じていた、かの厳島の神官、佐伯さえきの 景弘かげひろ であった。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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