──
と、艫 寄よ
りの、船底梯子ばしご の辺で、みしりと、人の気配がした。 船窓の外は、まだ暗い。 いつもの朝餉あさげ
を運んで来る能登守の家来にしては、時刻も早すぎるが? ── と、時実がふと、起き直ってみると、そこの暗がりに、一人の武者らしき者の影が、じっと、こっちの灯影をうかがっている様子。 ぎょっとして、無意識に、 「たれだっ。そこへ降りて来たのは」 と、太刀を引き寄せた。 時実はつねに、食事も自分が先ず毒味してから父へ供えていた。と同じ用心の習性からすぐ
「── 刺客?」 と、今も、身の毛をよだてたのだった。 すると、男の影は、つつと、ひざがしらで六、七尺いざって来、そのまま両手をつかえて、 「叱し
っ。お静かになされませ。上には、番の付人つけびと
どもが、居眠っておりまする。お驚きは無理ならねど、何とぞ、お静かに」 「と申すそのほうは?」 「追々おいおい
、申しましょうが、なにを申し上げても、お疑いが先ではお胸にもはいりますまい。まず。これを」 と、男は一通の結び文を差し出した。 “── 讃岐さぬき
どのへ。帥そつ より” とある。 時実は、はっとして、 「さては、母の御のお使いか」 と、それを手に、もいちど、男を見直した。 男は、小具足姿、顔には、半首はつぶり
をつけていた。 結び文は、母の帥そつノ
局つぼね の筆にまちがいない。 |