むかしは、三十一人の美しい厳島の内侍
がいて、四座の神楽かぐら を奉仕したというが、いまは、その中の八乙女やおとめ
たちも、ちりぢり去って、島には幾人も残っていない。 でも、わずかに残っていた内侍ないし
(巫女みこ
) らや、楽方がくかた
、神楽男かぐらお たちの勤めで、舞楽も奏され、神主景弘以下、大行事、案主あんず
たちの執行で、祭事もすすんだ。 総領の宗盛は、宝前ほうぜん
にひれ伏して、願文がんもん をささげた。──
内大臣の衣冠束帯であった。 「・・・・・・」 おそらく、宗盛は、氏神の加護を、祈ったばかりでなく、次の合戦には 「必勝」 をと、ここで自分へもかたく誓ったことに違いない。 宗盛以外、居流れていた諸将もみな、おなじ祈念をこらしあった。 けれど、建礼門院の真っ白な容貌かんばせ
だけは、ひとり母のもだえと、もっと大きな世への祈りを秘めているかのように、澄みきって見えた。 みかどは、おん母のそばにいて、また少し、おむずがり気味だった。 美しい巫女姫みこひめ
たちの舞楽には、すっかり、ごきげんであったが、その後の長い祭事に、お飽きになってしまったのである。 近ごろは、おん母以外、ほかの局つぼね
や典侍の手へは、ほとんど、寄りついて行かれない。御病後の甘え癖ぐせ
もあるが、十日近くも、お船だったので、童子のお胸にも、何かただならぬ不安を感じていらっしゃるらしいのだった。おん母には、それが何よりお辛かった。 ──
で、女院は、そばの二位ノ尼へ、そっとこ断りを告げ、みかどの手をひいて、宝殿ほうでん
の席から中座した。 帥そつ
ノ局つぼね が、すぐそのあとについて来た。 夕凪ゆうなぎ
の潮に、百八間けん の釣燈籠つりどうろう
の灯が揺れ映っている、空の一端は、まだ明るく、くっきりと明暗をもった海づらの遠くに、朱の大鳥居が屹立きつりつ
していた。 みかどは、よそ見も給わず、ここの長い百八間けん
の水廊すいろう へむかって駆け出して来られた。宝殿ほうでん
からここの灯を望まれて、さっきから来てみたくてたまらなかったものであろう。── そして、突然、 「おん母、あれに乗せてい、あれに乗りたい」 と、近くの汀なぎさ
を指さして、急にしきりなおせがみであった。 わずかな潮をへだてたすぐ向こう側に、幾艘かの小舟が見える。 そこからまたすこし離れた磯松の根には、雑兵たちが、屯たむろ
していた。彼らは、陛下と女院とは、夢にも知らないのであろう。白砂の上に行儀悪くすわりこみ、みかどのだだっ子振りをながめて、皆、にたにた笑いあっていた。 なだめても、すかしても、みかどは、お聞き入れの様子もない。やがては、泣き出しそうなお顔に見えた。 ──
すると、どこからか走り出した雑兵の一人が、汀なぎさ
の小舟に乗り、すぐ櫓ろ を把と
って、水廊の下へ、漕ぎ寄せて来た。 |