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道は、香東川 の上流をさかのぼって行き、やがて河原を西へ渉わた
る。 貧しげな部落の一つで、 「── ここは鬼無きなし
、この先は、国府の里」 と、教えられた。 ようやく、山里らしく、山せばんで来た感じである。 行くほどに、麻鳥は、 「ああ、この辺りまで来て、やっと思い出された参りました。何せい。わたくしがこの地へ来たのは、二十幾年か前のことでしたから」 と、過去茫々ぼうぼう
の思いにたえぬらしく、ふと、義経へ、 「殿、しばし、かなたへお眼を向け給わりませ」 渓流向こうの、南の山のふところを指さして、 「── 途々みちみち
、おはなし申し上げた鼓つづみ
ヶ岡おか とは、あれなる小高い所でござうまする。崇徳すとく
の君が、遠流おんる 八年の月日を悶々もんもん
とお過ごしあった木こ ノ丸まる
御所の跡。・・・・今、どうなっておりますことやら」 と、眸ひとみ
をうるませた。 麻鳥が、むかし、しの崇徳の君、当時、新院とうやまわれていた御方の宮苑きゅうえん
に仕え “柳ノ水” の水守みずもり
をしていたことは、義経も前々から知っている。 それにしても。 まお麻鳥の胸には、その君が生きているのだろうか。── ただ一人の胸にでも、そんなにまで、慕われているのを見れば、崇徳にも、おやさしいところが多分にあったにちがいない。 は、以後の世人は、崇徳院といえば、悪鬼怨霊あっきおんりょう
のごとく、ただ、恐れている。世を地獄に落とし、人を天魔に化け
さねばやまぬ大魔王のように、言い伝えている。 「・・・・死して後までも」 義経はふと、たれかといわず、生きている人間すべてが、罪深い者に思われた。 「先を急ごう、黄昏たそが
れぬまに」 「やや駒を急がせた。まもなく、白峰のふもと口たしい。登りは、ゆるやかだが、石ころ坂は、なかなか尽き果てそうもない。 「やあ、これより先は、もう駒では。ごむりでございましょうず 先駆の弁解たちは、そこから先、胸突きのような峰道を仰いで、馬をとめた。 「おう、お汝こと
らは、ここにて待て。・・・・麻鳥」 「はい」 「里人さとびと
の申すにも、一すじの峰道だにたどり行けば、知れようとのことだった。お汝こと
、道の先に立て」 「かしこまりました」 弁慶たち三名は、途中に残した。── そしてなお登りつめて行った。峰道とて、かすかでしかないが、しかし、もう頂と思われるうち、果たして一叢ひとむら
の松の木蔭に、いと小さい、下臈げろう
の墓ともいえるような、草茫々ぼうぼう
たる一基いっき の石が見出された。 麻鳥は、その前に佇んだ。義経も立ちどまった。 「・・・・・」 石も語らず、二つの影も石のように、凝然ぎょうぜん
と、ただ峰風の中に身を立ち支えた。 峰には、松が多い。どの一松も、風に揺られていない梢はない。それほどに、ここは山高く、雲の往ゆ
き来き の中にあるかと思われた。
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