門脇中納言教盛のりもり
、小松新三位こまつしんさんみの
中将ちゅうじょう 資盛すけもり
、弟の忠房、それから修理大夫経盛。 左馬頭行盛。 なお続々と、一門の将は、宗徳の陣所、一ノ小屋へ、集まって来た。 「敵は小勢、驚くにはあたらぬ」 新しい顔を加えるごとに、宗盛はその者へ言った、 一度ならずの言である。宗盛は自分へも時々言ってみなければ落ち着けない容子ようす
なのだ。 いま見えたばかりの能登守教経も、それを言われた。が教経は、耳にもかけず、後ろを見、 「確しか
と、小勢か」 と、篝かが
り屋や の前に、両手をついている桜間ノ介の方へ、ただした。 「されば、およそ百五十騎ほどにて、雑人ぞうにん
ばらを加えても百七、八十人に過ぎません」 「・・・・ちと、大胆な!」 教経は、小首をかしげて、 「いかに、屋島の手薄を知ったりとて、この堅陣、攻める地相ちそう
のむずかしさ、またどう心算つも
っても四、五千の守兵はおるはずとも、覚悟せねばなるまいに、さても命知らずの判官ほうがん
かな。もし、まこと判官の近々と来たものならば、見上げたものだが」 と、舌打ち鳴らして言った。 ことし二十六、精悍せいかん
な気、凛々りり しい眉、門脇」殿が自慢の子である。 「能登どの、能登どの」 宗盛が、呼びかけて。 「──
まあ、床几しょうぎ に着いたがよい。たった今、上総五郎兵衛かずさのごろうびょうえ忠光ただみつ
などが、総門より牟礼むれ へ向かって駆けたと申す。──
追っつけ、何かの応こた えがわかるであろう」 「二陣には」 「越中次郎兵衛盛嗣もおる」 「兵は足りましょうか」 「まず、大事あるまい。総門に一千、麓ふもと
やここに七、八百そのほか、散ってはおるが、船手を上げれば、なお千数百の後詰うしろまき
はある。── よも、長途を来て疲れ果てたる敵の百五十騎や二百騎に、かき紊みだ
されはしまい」 豪語のつもりで、宗盛は言った。 すくなくも、豪語が、士気を鼓舞する総大将の任であるという常識どおりにいっているものらしい。 が、教経は、手頸てくび
の皮紐かわひも の端を、歯と片手で、締め直しながら、突っ立ったまま、腰をすえ込む容子もない。 |