ここから麓
へ。 讃岐の引田ひくた
、白鳥しらとり までは、一気に降るばかりである。 屋島までの数里。また、駒足で急ぐ場合の時間。道々の敵の備えの有無。 それらのことを、近藤六にただし、 「なお夜通しにても、駆けたがよいか。あるいは、適地に、野営して、朝とともに、襲よ
せたがよいか」 それを、義経は、みなに諮はか
った。 あの荒海をも、ものともせずに越えて来た人にしては、別人のように、ここへ来て、慎重であった。 一気に行け、という意見。 いや、危うし、という意見。 まちまちであった。 議論を、緒人にまかせ、義経は、木の間越に、空をながめた。──
思いの外、大坂越えの悪路に時を費やしたらしい。陽ひ
はいつか、茜あかね ざして、はるか西方の海
── 屋島の方角に、傾きかけていた。 「いかにおのおの、義経は、かくこそ思う。── ともあれ、今宵は眠っておこう。眠っておくに如し
くはない」 「では、戦いは明日に?」 「そうだ。夜もすがら駆けたのでは、息つくひまもない合戦となろう。── 敵にとれば、長途の兵は、迎え撃つに、撃ちやすい」 「・・・・が、野営のひまに、もし、覚られでもしては」 「それよ。引田、白鳥なんどの麓へ降れば、はや讃岐の人里、浦べでもあるゆえ、屋島へ気取られる惧おそ
れはなお多い。・・・・まず、この山中に夜半よわ
まで寝て、子ね ノ刻ね
の一点に、ここを立てば、なお屋島へ撃よ
するも朝のうちであろう」 「げにも」 一同は、うなずき合って、 「途中の宿々しゅくじゅく
とて、それなれば、人の寝しずまった間に駆け通れましょう」 と、そのことに一致した。 なお、夕明りの間、小一里ほど進んでおき、やがて麓近くの横道へ、行軍を隠した。 ──
星の冴さ えが、荒天こうてん
つづきの後のせいか、いつもより、鮮あざ
らかだった。人も馬も、木の間の奥深く沈みこみ、たれやらの、鼾声いびき
ばかりが、あちこちの暗がりから聞こえて来る。 いうまでもなく、見張りの武者は、人里近い辺りまで、二段三段に配られてあり、ここの夢を守るのに、手抜かりはない。
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