義経は、また、吾野
余次郎らに訊たず ねた。 「この地方には、敵はおらぬか。──
桜間ノ介のごとき、平家の郷武者さとむしゃ
は」 「いや、油断はなりませぬ」 「おるか」 「この板野郷ごう
は、もともと、坂西ばんざい の近藤六郎親家と申す者の郷さと
。その親家も、手の者も、いずこへ潜ひそ
み込んだのか、今朝より一名も姿を現しませんが、これより山路へさしかかり、いつ、いずこから、撃って出ぬとも限りませぬ」 「いや、そのことなれば、案じぬがいい」 義経も少し笑って言ったが、義経の発言の前に、左右の将は、みな笑いこぼれていた。 「余次郎の申す近藤六は、すでに、勝浦にて、われらに降伏しておる。──
あれに見ゆる案内者こそ、その近藤六郎親家ぞ」 「えっ、あれが、親家にございますか」 吾野余次郎たちは、眼をみはった。 義経は、後ろを見 ── 「近藤六を、これへ」 と、彼を前に呼び出して、訊たず
ねた。 「やよ、親家。ここは、そちが住みおる在所か」 「は、住み馴れた郷さと
にござりまする」 「ならば、倖せ。そちの館にて、兵糧ひょうろう
を摂と ろう。馬にも飼か
わせん」 「ありがたいことに存じますが、家は臼井と申す所にて、ちと距てており、行く手の方角とも違たが
いまする。近くの大寺おおでら
にて、御休息なされましては」 「大寺とは」 「かしこに見ゆる古き御寺みてら
の」 「よかろう。道も急ぐが、朝の糧かて
こそ急がるる。殿輩とのばら の駒こま
、あの辺りへ繋つな ぎ合えや。いざ、朝飯とせん」 |