「おう、鮮
らかな」」 「日が昇りかけた。東の極きわ
みに」 船上に立ち並んだ武者「の群は、まぶしげに、眼を細めあった。 人びとの姿からも、さんらんと、光が立った。 「旗を立てよ、幟のぼり
も高くなびかせよ。── 遅れた船も、やがて、それを目当てに集まろうに」 義経は、後ろに見える船影を数えていた。 帆柱をヘシ折られた船、潮除けの囲いを吹き破られた船、どれもこれも、無事なのはばい。 気がついてみれば、彼自身の船も、船櫓ふなやぐら
の影は失う せて、舵座かじざ
は砕かれ、わずかに代か え舵かじ
を入れて、からくも、漂って来たことが分かる。 「船頭、あれは阿波国の、どの辺りか」 舳みよし
へ、戻りながら、義経は、舳みよし
の真向うに見える陸影をさして、そこにいる熊野水夫かこし
の一人へたずねた。 「さあ? 阿波の何地いずち
になりましょうか?」 「お汝こと
らでも、知らぬのか」 「烏羽玉うばたま
の荒海を、しかも、明け方ぢかくまでは、無我夢中でございましたので」 「むりもない」 と、微笑しながら ── 「後ろに続く船影は、おおむね数がそろうたか」 と、艫とも
の一群を振り向いていった。たえず、それのみが、なお彼の気がかりの一つらしい。 「御安堵ごあんど
なされませ」 と、かなたから弁慶の声で、 「ここの御船を加えて五艘、ほかに鵜殿が手下の馬船、荷船二十艘、ことごとく、後ろに見えてまいりました」 「ありがたや、つつがないか。みな、無事にこれへ着いていたか」 燿々ようよう
と、朝の陽に燃える大波のうねりの中に、船はみな帆に代えて、両舷りょうげん
から百足むかで のような櫓脚ろあし
を伸ばしていた。そして、今朝の感激を、船から船へ 「おうウいっ」 「おうーい」 と、声にこめて、呼び交わした。 船列が、ふちころ深い湾内へ進み入ると、波も小きざみになり、急に、他国の山野の、ひそとした未知の地上が、眼の前に展ひら
けつつ迫っていた。 「まず、馬どもを宥いたわ
り降ろせ。── 浅瀬なりとて、馬の脚あし
立ちよく見てひけよ。見えぬ磁石に馬の蹄ひづめ
を怪我さすな」 岸近くなるやいな、われがちになりやすい船や人の気負いを察して、義経はしきりにこなたで叫んだ。 そこは、東へ突き出している岬のすそであった。馬匹、食料、武具のすべてを下ろして、人びとは装よそお
いを締め直した。また、乗り捨てた船数は、隼人助の手に預け、「── 鳴門をこえて、瀬戸内へ漕こ
ぎまわせ。志度しど の辺りに再会せん」
と、いいつけた。 ところへ、上陸直後、附近へ放った物見の兵が、 「小勢なれど、一陣の敵が、紅旗をひるがえし、かなたよりこれへ寄せて来ます」 と、西を指して、告げた。 「およそは、さもあらんずること」 と義経は、あわてる容子もない。伊勢三郎義盛にむかって、 「馬にはよい脚試あしだめ
しぞ。五十騎ほど連れて、一当ひとあ
て当ててみよ。── なるべくは、頭立かしらだ
ちたる男一名、手づかみにし、生捕いけど
って来い。道案内に用いてくれよう」 と、言った。 |