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ともあれ、やがて、義経以外の者もみな、 「あすのため、眠っておくに如
くはない」 と、胴の間の内側に、背をもたせて、うつら、うつの放心にまかせていた。 とは、していても、おりおり、逆浪の轟音ごうおん
とともに、奈落ならく へ落ち込むような下降と強い傾斜に、はっ
── すると、思わず、みんな眼をあいてしまう。 ── とたんに、あっちこっちで、ころがったり、何かへ頭を打ちつけたりした。そして言い合わせたように」、固唾かたず
をのみ、不安な眸め を見合わせるのだった。 するとたれか、そんな中で、クツクツ笑い出した者があった。余りの不安と恐怖の果ては、逆に、おかしくなることがあるものだ。日ごろに似合わぬ他人ひと
の醜態ぶざま が滑稽こっけい
でたまらなくなるばかりでなく、自分の心理も滑稽に思われてくるものらしい。 「なんと、人間とは、無力で、意気地ないものか」 という実証から沸いてくる自嘲じちょう
であった。 「・・・・・・」 その妙な笑い声の中に含まれている皮肉なものに、義経の心も、ふと擽くすぐ
られたとみえて、義経もまた薄目をあいて、にっと笑った ──やや反そ
っ歯ぱ であった彼の白い歯を見て、向こう側の弁慶も、にゆっと笑い、隣の土肥次郎実平も、声なく、相好そうごう
をくずした。 もう、死も生も、何もない。 万雷に似たしぶきにも、怒濤どとう
の吠ほ えにも、無感覚な人びとになっていった。どの影も、ただ、くたくたに見える。そして、この奈落ならく
の底の辛抱が、長い月日のようであった。 ── と、頭の上で、 「しめたっ、もう大丈夫」 「風は凪な
いだぞ」 「オオ、陸くが
が見える」 と、口々に言うのが聞こえた。 大丈夫と、海の男たちが、ほっと、息をつきながら言ったのだ。 その一声は、どんな恐怖の刹那よりも強く、船底にいた人びとの耳をさました。 「な、なに、陸くが
が見えると?」 思わず一せいに立ちかけ、同時にまた、鎧よろい
ひびきをさせて、鏘然しょうぜん
と、みな尻しり もちをついた。 風は凪ぎ、夜は明けかけていたが、まだまだ、波まで静まったわけではなかった。
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