やっと西日が薄れかけた。 重衡は、みずから蚊遣
を焚た き、亭の縁の角へ、円座えんざ
を持ち出して、夕風を待った。 七日目に一度のことだが、千手のいない日のなんたる空しさだろう。すでに死の座にあるも同様な生命に、こんな恋の花が結ばれるとは皮肉である。自分は死に花ともしようが、若木の彼女はどうなるのか。 欄に倚よ
って、ぼんやり、白い綿虫のむらがりを、宙に見えすいていると、やがて帰って来た千手が、 「ま、こんな所においででしたか」 と、すぐ彼のそばへ来て坐った。 あの夜以前のふたりとは、馴々なれなれ
しさも、どこか、自然に違っている。 「おう、千手か、何やら息ぜわしいような」 「でも、ここへ帰って来るなり、あちらのお部屋をのぞいても、蚊うなりだけで、どこにもお姿が見えないではございませぬか。何やら、どきっとしてしもうて・・・・」 「重衡が池へ身でも投げたかと思うたのじゃな。はははは、そなたに会わぬうちなれば知らぬこと。なんでわれから一夜の命でもちぢめよう。・・・・それはそうと、いつになく、今日は帰りが早かったではないか」 「ええ、梶原様には、もう、鎌倉にはおられませぬそうな」 「ほ、景時が」 「再度、西国への御先発を命ぜられたとかで、留守の御家臣から、以後は七日目ごとの出頭も止めてよいと、言い渡されて、戻りました」 「そうか、それは重衡にもありがたいことだ。そなたのいない日は、何も手につかず、空蝉うつせみ
に似たようなわが身だが、これからは」 「一日もおそばを去らずにおられまする。一日よても」 「ふたりの一日は、人の月日の一年にもあたろう。のう、千手。その一日一日を、あだには暮すまい。月の光も、ていねいに身に味わおう」 「うてしゅうございます。本望です。花の命は短くても」 池の蓮はちす
に夕風が立ちそめ、水は紅花べに
を溶いたようであった。ふたりは、しばらく、黙りあった。この一刻いっとき
も粗末にすまいと、かみしめているかのように、心と心を寄せ合っていた。 「・・・・殿」 と、千手はふと醒さ
め顔に返って 「密ひそ と、お耳にいれたいことがあるのですが、ここでもよろしゅうございましょうか」 「池の中の亭、たれも、おるまいが」 それでも、気がかりらしく、二人は亭の内や外を見まわした。 |