七日目ごとには、千手の姿が、一日だけ、亭に見えないことがある。 重衡へは
「宿下がりに」 と言って行く。 が、じつは、輿
に舁か かれて、例のごとく、梶原の邸へ出頭する定日であった。そこでは、重衡の起居や心境の、微細な点までを、質問される。そしてまた、何かと、密々なさしずを受けては帰るのだった。 時によると。 それが終わっても、なお景時の部屋で、酒の相手を強し
いられ、果ては、淫みだ らなまねをしかけられることなどもあった。 梶原は自分から
「和わ 御前ごぜ
の腕で、中将どのを、骨抜きにして見せよ」 と命じていながら、酔うとあらわに、嫉妬しっと
を顔に燃やして 「── 中将どのは、美男ゆえ、和わ
御前ごぜ の方が、あべこべに、骨抜きされているのではないか。夜伽よとぎ
は、毎夜のようか。夕べはどんな風に・・・・」 などと露骨なことを訊たず
ねたり、また 「── これが、鎌倉殿の御内命でなければ、むざと、和わ
御前ごぜ のこの肌を、他の男などに委せてよいものか。どんなにもわしが可愛がって、このように・・・・」
と、彼女を抱きすくめ、いやがる顔を、唇で追いつめ、その髭面ひげづら
を、こすりつけたりするのであった。 ── 今夜もである。そこからおそく帰された途中。 彼女は輿こし
の中で、腹が立ってたまらなかった。懐紙を出しては、何度も何度も、唇をふいた。が、一瞬の獣けもの
じみた人間の口臭が、ふいてもふいても、官能からは消えもしない。何かの腐肉に中毒あた
ったように、鳩尾みぞおち までが、いやなうずきをもつのだった。 どうして、こんな辱はずかし
めや、肉体の倦厭けんえん にも、怺こら
えなければならないのか。 「・・・・遊女あそびめ
だから」 と、彼女の仲間の妓おんな
たちはみんなあきらめすましている。が、千手には、かんたんに自分をあきらめきれないのだ。 「この命、二度とはない処女おとめ
のころを」 と、口惜しく思う。 それを、日ごろの客や朋輩までが “男ぎらい” と彼女を見ていた。千住にとれば自分から結びつきたいほどな雄蕊おしべ
に会わない花粉の憂うれ いを逆な形で示していただけのことだったろう。──
現にいま、彼女は、われからのもだえを人に寄せている。重衡の胸に泣いたときから、花粉はその人の手にこぼれたがってふるえている。 けれど、重衡は、あの夜も、ただもどかしい空抱そらだ
きをしてくれただけだった。 もどかしさは、あの晩だけではない。夜伽の彼女は、夜々ひとり寝していた。昼の重衡の冷たい横顔を心にえがき 「わたくしはきらわれている」
とひとりぎめして枕を濡らしたり、 「何か、わたくしをお疑いなのであろう」 と考え悩んだり、季節はよく眠れて仕方がないこのごろなのに、彼女は、暁も知らずに眠れたというためしがない。 |