「・・・・さらば、こんどは」 と。狩野介は、重衡の酔顔をうかがい見て、 「お客人
、遊ばしませ」 と、すすめ、かねて用意の楽器を、廊ノ間から運ばせた。 重衡は、好まぬ道ではないが、 「いかにとはいえ、虜囚の身で、楽器を持つなどは心ぐるしい」 と、辞したが、 「聞かせ給え、聞かせ給え」 「都人みやこびと
の、お手すさびなと」 妓たちも、せがみ合うし、狩野介や邦通んまども、しきりに言うので、 「では、人びととともに合奏あわ
そう。工藤は、何を持つか」 と、重衡もつい隣へ言ってしまった。 祐経は答えて、 「鼓つづみ
を仕つかまつ ります。鼓しかほかに能のう
もござりませねば」 「工藤は鼓か。よかろう。 ── 邦通どのは」 「笛をいたしましょう」 「では、重衡には、琵琶びわ
を勤めよと申すのじゃな。が、琴は女性にょしょう
が弾いて欲しいの。琴はたれ」 「・・・・・」 すると、邦通が、 「千手、なぜお受けせぬ」 と、眼でしかって ── 「琴は、千手がいたしまする。舞よりは、琴は上手といわれている千手ですから」 と、代って答えた。 千手は、消え入りそうな姿で
「まあ」 と、彼をにらむ真似まね
をした。いやおうもなく和琴わごん
の前にすわらされた。そして、弦いと
の調べを合わせながら、おりおり、見て見ぬような眼のすみで、重衡の方を見た。 重衡の琵琶はいうまでもないが、邦通の笛は案外な巧さだった。可憐かれん
な琴の音が、やっとそれへついてゆくように調べを合わせ、祐経の鼓の手は、とこどき、谺こだま
のような冴えを発した。 夜気は、にわかに、しんとした。 あるじを始め、家の侍たちから、四人の妓まで、白々と、面を並べて、聞きとれた。 けれど、管絃かんげん
のおもしろさは、聴く者よりは、それに我を忘れて、興じ合奏あわ
せている者の方にある。剽戯者ひょうげもの
の邦通も、笛吹く顔はおそろしく真面目まじめ
であった。耳をふさいでその顔だけを見れば、おかしいほど顔の筋肉は忘我なものになりきっている。 |