ようやく彼の教化
は、庶民の胸へ浸み透って行った。吉水禅房よしみずぜんぼう
は、彼らの心の泉となってきた観かん
がある。柴垣のうちにはいつもそれらの人びとによる繁昌を見ない日はない。けれど、さすが木曾軍が法住寺殿ほうじゅうじでん
焼き打ちの暴挙を起こしたあの日だけは、ここの垣を訪う人影もなかった。そして、法然自身も、弟子たちから 「── ひとまず、奥嵯峨おくさが
へ御避難を」 と、うながされ、ぜひなく日ごろの聖教だけを抱えて立ったが、立ちつつも、法然はなお、 (── この吉水に教化の縁を結んでから今日まで、ただの一日も、この法座を空しく捨てた日はないのに) と、そればかりは、いかにも口惜しげにつぶやいたことだった。 その吉水へ帰って来たのは、ついこの春、源氏の入洛があってからのことである。日はまだ浅いが、義経の治安ぶりや、軍隊の秩序にも、庶民は安心感をもったらしく、法話の座は、前にも増す人びとで賑わった。──
今、ひと法話の中休みに、法然のしずかな眸が見ていたのも、庶民を通しての大きな世情の推移と、個々の暮らし方が、どうあろうかなどということであった。ひそかに、
「・・・・遠い先は知らず、しばらくは、源氏が平家の次ぐ武門の権威になるであろう」 と、想像された。そして、いとし子に囲まれている慈母のように、眼を細めていた。 「師の御房・・・・」 厨くりや
の間からすきを見て、つと、寄って来た信空は、師の畳台じょうだい
わきへ、身を折りかがめて、 「御法話の折、お耳に入れるのも、いかがとは存じましたが、事情を聞けば、ほかならぬお方、また、あすも待てぬ今日ならではというお願いの使いに、ぜひなく、お取次ぎだけはしてみると申して待たせておきましたが」 「信空か」 と、法然は横を向いて、 「いうてごらん。なんじゃ、いずれからのお使いぞ」 「先ごろから堀川ノ御堂におわす平家の捕囚人とらわれびと
、中将重衡どのからの折り入ってのお縋すが
りとか。── 源氏の御警固士土肥どのにも、御存知あってのお迎えと申しまする」 「ほう、中将どのが」 法然は、ふたたび聴聞ちょうもん
の莚むしろ へ向き直って、そのまましばらく黙思していた。が、にわかに、 「感西をこれへ呼んで参られよ」 と、いいつけた。 弟子の感西がすぐ後ろへ来てかしこまった。法然はあとの法話の続きを彼らに託すらしく、細々こまごま
と何かいい含めていた。そして念珠を腕くびに移すと、聴聞ちょうもん
の莚むしろ へ向かって心もち黙礼しながら、すっと、厨くりや
の柱の蔭へ立ってしまった。 |