数日前まで、ここの岡は、平家の一陣所であった。 西側の林に、古寺が見える、先には、平経俊の手勢がい、入れ代りに、義経勢が入っていた。 といっても、部隊ではない、非戦闘員ばかりの、医師や、炊女
や、看護男みとりおとこ などの一群だった。 ──
合戦の当日。 諸所の血路にたおれたたくさんな負傷者は、すべて、この岡へ担ぎ上げられて来た。 陣医は、さきに義経が都を立つときから連れていた阿部麻鳥あべのあさとり
なのである。 「思いもかけず、いやな地獄を、目に見ることか」 じっさい、麻鳥は、こういう愚痴を何度つぶやいたことか知れない。 義経からの、懇請こんせい
いなみ難く、いやいやながら従つ
いて来たというのが、正直、彼の偽らない気持だったろう。 ところが、いよいよ戦いの日、眼の前にぞくぞくと担ぎ込まれて来る血みどろな歯がみを見、苦悶くもん
の訴えを聞くと、彼の生命への強い愛情は、医師本来の氏名を駆か
って、ぼつ然と、その権化ごんげ
になってしまった。彼らへの手当てや薬餌やくじ
や昼夜もなき慰めなどに、以来、帯紐おびひも
解いて寝た夜もない。 そればかりか、彼は、ここへ運ばれて来る負傷者が、すべてみな、源氏方であることに気づいて、 「敵方にも、手負いは多いはず、なぜ、平家の兵をも、救い取って来ないのか。分けへだてなく、拾うて来い」 と、配下の者をしかりつけた。 「これは、意外な仰せ」 と、ここにいる雑兵頭ぞうひょうがしら
を始め、下働きの男どもまで、口をそろえて、抗弁した。 「昔から今日まで、いかにして、敵を皆殺しにするかと謀はか
るのが合戦とは聞いているが、まだ、敵兵を助けて、薬餌やくじ
手当てまでしてやれといったお人は、見たことも聞いた例ためし
もない。さような計らいは、お味方の内へもはばかられる儀。おん大将のお指図にも、伺っては、おりませぬわい」 「いやいや、おまえたちに、後の咎とが
めはかけぬ。麻鳥が一存にて申すこと」 「ならば、なおさら、そのようなおいいつけには従えませぬ」 頑がん
として、彼らは、陣医の命を拒んだ。麻鳥の医師としての心を理解できないのである。 |