あたりの草は、たちまち、碧血
に染まり、泥土は飛んで、すさまじい激闘の人馬をつつんだ。 「あたら雑武者ぞうむしゃ
の手にかかり給うな、逃げ落ち給え、わが殿」 戦い戦い、通盛の家臣は叫んだ。 だが、いつのまにか、絶叫も絶え、彼らの屍かばね
は、源氏武者の刃の下につぎつぎと捨てられた。── そして、通盛もまた、危うかったが、とっさに、馬の腹を蹴け
り、その姿も馬首も、まっ逆さまに、坂道を駆けて行った。 「や。あの君を逃がしては」 初めから、通盛を狙ねら
っていた木村源吾は、飛ぶが如く追っかけながら、持ちかえた弓を張り、二た筋三筋、弦つる
を切った。 矢の一本が馬に立った。たてがみを高く打ち振り、狂いいなないたと見えたとき、通盛の姿も馬も、右側の崖がけ
へまろび落ちていた。 源吾も、すぐ馬を捨て、崖を駈けつつ、何度もころんだ。つけ狙ねら
う人の影は、樹間を走って、刈藻川のそばへ出ている。 やっと、近づきえて、源吾は何か喚わめ
いたが、どうしたのか、正しくは名乗り得なかった。 そこは長田の下、土俗の称とな
えで、夫婦池みょうといけ と呼ばれている昼も薄暗い所だった。 「源吾よな」 通盛の方から言った。 大樹の幹をうしろに、その人は、きっと立って、近づく者の影を、いやしむように睨ね
めつけていた。 その血相といい、綴つづ
れた鎧よろい や、剣装の光が、何か、妖気ようき
をおびているものみたいに、源吾を威圧した。いや、もと仕えていた一門の君という潜在感が、彼を怯ひる
ませたのかも知れなかった。 しかし、平時では近づき難い人であればあるほど、彼の功名心は大きく駆られた。 もいちど、彼の赤黒い口が、大きく開いて、何か獣に近い声を発するやいな、大太刀の青光りとともに躍り掛かった。通盛は、なお手にしていた長巻をもって打ち払い、決して、この功名鬼の野望は遂げさせそうもなかった。 源吾も勝負あせりに見え、通盛も打物疲れをしてきたか、たちまち、双方とも得物を捨てて組討となった。そして、もろくも言語は組み敷かれ、 「恥こそ知れ、この下臈げろう
」 と、もがき抜くその面を下に見、通盛は、痛罵つうば
を加えた。 けれど、にわかに通盛の容子に、狼狽ろうばい
が見えた。短刀の鞘さや が抜けなかったのである。とも気がつかず、鞘のまま源吾の喉のど
もとを突いたので、当然、下からの抵抗はなお止んでいない。 やはり、通盛も、まことの武門育ちではなかったのである。彼はあわてて短刀の紐ひも
を口で解こうとした。── その間髪に、源吾は彼を跳は
ね返し、こんどは通盛を下に抑えつけた。 「── 討ったっ。三位通盛のみしるしを、木村源吾俊綱が討ったぞ」 血潮の塊かたま
りのような物を横抱きにしたまま、彼の姿は、狂気したか、夢見る人間のごとく、どこへともなく素っ飛んで行った。 |