「おい、おい。駄五六
は、ここにおるか」 ふいに、岡の上へ姿を現し雑兵頭ぞうひょうがしら
の声に、そこの兵たちは、一せいに、しゃんと、いつもの見張りの姿勢をとって、駄五六以外は、振り向きもしなかった。 「へい。駄五六はこれにおりますが」 「おう、ここへ来い。われや昨夕、奥平野の能登守様の御陣へ、お使いに行ったの」 「へ。まいりました」 「その帰途、明泉寺みょうせんじ
におわす三位様さんみさま の御陣所へも立ちまわったか」 「されば、そこの兵糧方ひょうろうがた
へ、兵糧方の触ふ れ札ふだ
をお届けに立ち寄りました」 「では、明泉寺への道、しかと、心得ておるな」 「だいぶな山坂でございますが」 「もう、そこは鵯越えに近い所であろうが」 「さようで」 「よし、よし」
と、雑兵頭は、後ろについて来た見知らぬ男を振り向いて、駄五六の草鞋わらじ
のようなあばた顔を指さして、 「あいや、上臈じょうろう
のお付人つきびと 、お尋ねの明泉寺道は、まだこれより北のかなた、山深い所でおざるが、この駄五六が、よう存じおれば、案内者あないじゃ
として、お貸し申すであろう。── この者を案内に、行かれたらよい」 「や、それはなんとも」 男は、よろこんで、駄五六の方へも、 「では、ご苦労ながら」 と、会釈しながら、さっそく、岡を下りて行った。 待っていた女輿が舁か
き上げられた。 その先に立って、駄五六は、両の手を背せ
ぼねにまわし、えっちらおっちら、夢野の道を登りはじめた。 いつか年をとると、こんな緩ゆる
い上りにも息をきるかと、壮年ごろの自分を思いながら彼は歩いた。 女輿には、どんな女性が乗っているのか。そんなことにも無関心だし、関心を持とうとする興味もない。ただ荷車を付けられた牛が荷を引っ張って行くのと違わない歩き振りだった。
やっと、道は西国街道との四つ辻に出た。 摂津の御影みかげ
、生田から播州へゆく道は、海辺の方ではなく宇治野山を越え、ここの山手を西へ縫っているのである。 そこの辻を、右にも左にも折れず、真っすぐに突っ切って、なお登ったり降りたり、北へ二里ほど行くと、ようやく明泉寺の山門が見えた。 やれやれと、ひと息ついて、駄五六は
「ここがお尋ねの寺坊。てまえは、おいとまを」 とすぐ戻りかけたが、輿の供人らは、思いのほかな山中の淋しさに、帰り途のほども覚束おぼつか
ない気がしたものか、口をそろえて、 「いや、帰ってはならぬ」 と引き止め、 「御帰途も案内してまいれ。先ほどの雑兵頭には、よう頼んであることゆえ、遅うなっても仔細しさい
ないはず」 と、ゆるさない。 どうせ、早く帰りたい先ではなし、足かずは同じである。そこで駄五六も輿について山門を入りながら、供人のひとりに向かって、
「お帰りは夜分におなりでしょうか」 と、小声で訊いてみると、 「いやいつごろとも伺っておらぬ。夜になるやら明日になるやら?」 と、これまた、あいまいな返辞だった。 けれど、そんな立ち入った取り越し苦労も、雑兵分際ぶんざい
には、いらざる心配というものだ。待てと命じられたら、半日でも一晩でも待っていればよいのである。雑兵の暢気のんき
さ、ありがたさは、そこにあることを、駄五六も知らないではない。 「そうだ。俵太ひょうた
を訪ねてやろう。俵太、どうしているか」 古ふる
馴染なじ みの雑兵仲間俵太は、ここの陣所で働いているはずだった。駄五六は、のっそりのっそり、境内の雑兵屯たむろ
をのぞき歩いた。 |