うなごノ岡
(現・会下山
) の上に、経俊の手勢は残って、その夜の陣の夢を結んだ。 岡の西側に、樹林に埋った古い伽藍がらん
がある。経俊はそこを陣屋とし、仮寝の手枕も御堂のうちで、ほんのつかのま、まどろんだ。 ── 弟の敦盛を思う、長兄の経正を思う。 また、老父の今日の顔など・・・・なかなか、深く眠れず、夢ともつかぬ幻想に、おりおり、眼がさめた。 「おん大将」 たれか呼ぶ。廻廊にいる兵らしい。 がばと起きて、 「なんだ、何事か」 「生田川の御陣場
── 小野坂の木戸の辺にて、何やら、にわかに時ならぬ人の動きが望まれます。そしてただ今、五、六騎のお味方が、あわただしゅう、輪田ノ浜へ向かって駆け去りましたが」 「はての、今ごろ」 経俊は、すぐそこを出て、岡の上に立ち、じっと、眸ひとみ
をこらした。 東の空が明けかけている。生田ノ森、生田の流れ、味方の主力陣地は、ちょうどその曙色あけぼのいろ
の下にある。 「あれ、御覧ごろう
じませ、小野坂のこなた、西国街道のちょうど辻にあたる辺りを」 夜通し、ここを見張っていた兵たちは、口々に言って、そのささやかなる異変も見逃がさぬ眼で、こう指さした。 「たれか、見てまいれ。馬を飛ばして行って来い」 数名の武者が、岡を駆け下り、そして、またたくまに、返って来た。 息をきりつつ、その者たちは、こう復命した。 「異変と見えましたのは、供人ともびと
大勢をひきつれて、都より降くだ
られたと申す、院の御使みつか
いの由にござりまする」 「なに、院のみ使いだと」 「み使いは、修理大夫しゅりのたいふ
親信卿ちかもりきょう とか」 「・・・・解げ
せぬことよ」 と、眸を、その方角へやったまま、 「なおなんぞ、詳しくは?」 「確かめてとも考えましたが、木戸の兵は、知らぬと申しますし、ここへのお答えも心せかれましたため、ひとまず立ち帰ってまいりましたので」 「さらば、わしが行こう。馬を」 、寺の方へ呼びたて、自身も大股おおまた
に寄って行き、岡をくだって、里道さとみち
へ出るやいな、鞭むち を当てた。 なるほど、小野坂の木戸には、公卿の舎人とねり
が、十数人も見え、馬に飼料を与えたり、彼らも朝飯をかかえて、騒いでいた。 「知盛どのは、どこへ」 と、一人の侍大将に訊き
くと、その部将は 「ただ今、陣幕とばり
の内にて、院宣の御使いと、御対面中です」 との答えだった。 しばらく、床几しょうぎ
を借りて待っていると、その知盛はやがて、使者を、陣幕のおき残して、 「おお、若狭どのか、どうして、かく早く知られしか」 と、歩み寄って来た。 それには、答えもせず、経俊は、声をしぼって、知盛の面を凝視した。 「院のみ使いと、承うけたまわ
るが、そも、なんの院宣ですか」 「まだ院宣というのではないが、平和のお旨らしい」 「えっ、和議の」 「今日に至って、にわかなみ使い、腑ふ
に落ちぬ心地もするが、疑いようもなく、近臣の親信卿をさし遣つか
わされ、たしかに内々の御諚ごじょう
にはちがいない。・・・・で、捨て置けぬことなれば、輪田ノ海なる内大臣おおい
ノ殿との の御船へ、ただ今、馬を飛ばして、お報し
らせしたばかりだが」 ── こう語る知盛すらも、まだ、半信半疑な面持ちに見える。 |